父の詫び状 向田邦子全集 第五巻

●父の詫び状 向田邦子全集 第五巻

 全集はこれまで小説だったが、ここからはエッセイ集となる。

 さすがに文章の名手なので、エッセイも面白い。向田さんの小説はその組み合わせが面白い、と書いたが、ご本人もそれを意識されていたかもしれないと思える文章がエッセイの中にあった。「昔カレー」にある『東海林太郎と松茸』『天皇とカレーライス』という言葉がそれを表していると思う。その不思議な組み合わせは、思いつくものではなく、向田さんの記憶の中で出来上がっていたものだったようだ。

 エッセイの名手のものを読むとよく思うが、どうしてこんなにも子供の時の記憶が明瞭でしかも数多く覚えているのだろうと驚く。この本の中でも現在のことを書いているものより、子供の頃のことを書いているモノが多いのではないか。それが今見てきたように書かれていて違和感なく読める。文章の力も大きいと思うが、その記憶力に脱帽する。

 その一方で、やはり子供の頃から考えていたこと、感じていたことが違うんだと思わせる箇所もある。

 「薩摩揚」の中に、『お八つの大小や、人形の手がもげたことよりも、学校の成績よりももっと大事なことがあるんだな、ということが判りかけたのだ』という文章がある。これは小学3年生からの3年間を過ごした鹿児島で感じたこと、と記載がある。いわゆる小学校高学年ですでにここまで感じていた、少女時代の向田さん。さすがである。