無名仮名人名簿 向田邦子全集 第七巻

●無名仮名人名簿 向田邦子全集 第七巻

 読む順番がテレコになってしまったが、やっと7巻目を読むことに。

 第6巻「眠る盃」、第8巻「霊長類ヒト科動物図鑑」などと大きく異なるのは、この第7巻に収められているエッセイは全て週刊文春に掲載されたものであるということ。他のエッセイ集はもともと掲載されたメディアが異なるため、当然のことながら文章の長さがそれぞれ異なるが、この7巻は全ての文章が単行本数ページ分と統一されている。

 このため、話にフォームがあるように見えてくる。フォームとは、タイトルとは関係のない話で書き出され、突然タイトルに関係する話に戻り、笑いや驚きのエピソードが綴られ、最後に短い文章でスパっと斬って終わる。もちろんこのフォームから外れるものも多いが。

 「唯我独尊」では、キエ子が店で食事をしている時に料理の中に金冠(歯の被せ物)が入っていることに気づき、腹を立てる。しかし翌朝それが自分のものだったと気づく話。さらにキエ子の勘違いエピソードがもうひとつ語られる。唯我独尊を凡俗がやると漫画であると書き、そしてエッセイの最後でキエ子は向田邦子なのである、と締める。出来の良い推理小説のようなオチである。

 またこの本では、タイトルにある通り、他人様について述べる文章が多いが、向田さんはある種の苦手な人々についても正直に語っている。

 「孔雀」では一人入った酒場で、見知らぬ人から酒と肴をご馳走になるが、その人のことを「孔雀」と表現する。つまり「自分の一番いいところ、こうありたいと思うものをせいいっぱい羽をひろげて、見せていた」と書くのだ。そしてそのクズ屋と顔を合わせるのを避けてしまう。

 「特別」では、自分だけ特別扱いしてもらわないと機嫌の悪い人、について触れている。エピソードを複数挙げてこんな人が多いと書いている。そして「パセリ」ではそんな人々を非難して文章は終わる。

 

 向田さんの雑誌記者時代の本「向田邦子・映画の手帖」を読んだ後だから、その頃のエピソードが語られているのも嬉しかった。

 しかし一番心に残ったのは、「天の網」か。ここでは「天網恢々疎にして漏らさず」の言葉通りのエピソードが披露される。様子の良い男性と喫茶店で話をし、食事に誘われるが、気取って話をしていた向田さんはそれを断り、一人駅前安直で小さなそば屋に入ると、そこにその男性が現れた、という話である。この話を読んだ時にユーミンの「DESTINY」を思い出した。ちょっと状況は違うが、この体験を歌にするのがユーミンで、エッセイにするのが向田さんなのだ、と。