炎のランナー

●266 炎のランナー 1981

 1978年ハロルド・エイブラハムズの葬式が行われる。

 1919年ケンブリッジ大学にハロルドが入学、部活動の勧誘にあい、彼はカレッジ

ダッシュに挑戦する。彼は700年間誰も達成できていなかったダッシュに成功する。

 一方1920年スコットランドラクビー選手として有名だったリデルは、伝道師の家庭に育ち、家はもともと中国で暮らしていた。リデルは走るのが早く、伝道と陸上の集会を開きながら、説話も行なっていた。

 ハロルドはユダヤ人であることで苦労していた。彼は陸上大会で良い成績を収めることで人々を見返そうとしていた。

 スコットランド対フランスの陸上競技大会でリデルの走りを見たハロルドは、プロのコーチであるマサビーニにコーチになって欲しいと頼むが、彼はハロルドの走りを見てからと答える。

 ハロルドは友人と舞台を観に行き、女優のゴードンの虜にな理、一緒に食事をすることに。

 大会でハロルドとリデルは戦うことになり、リデルが勝つ。落胆したハロルドにマサビーニが声をかけ、コーチをすることになる。ハロルドは彼のコーチで練習を開始。

 リデルの妹は兄が伝道ではなく走ることに夢中になっていくのを恐れた。リデルは妹に中国へ伝道の仕事でいくつもりだが、オリンピックが先だと話をする。

 ハロルドは大学の学長からコーチを雇っていることを非難される。大学はアマチュア精神を大切にしてきたと話すが、ハロルドは勝つことを優先すると言い返す。

 彼らはパリオリンピックの代表選手として選ばれる。しかし100mの予選が日曜にあることがわかり、伝道師としてリデルは安息日の日曜には走れないと言い出す。そしてオリンピックが始まる。リデルは100mに出ないと言い続け、コーチ陣は国を挙げて説得をする。そして代表選手がすでにメダルを取ったことため、400mに出ることをリデルに譲り、彼も了承する。

 リデルはパリのスコットランド教会で説話をする。ハロルドは100m以外の種目にも出場するが、良い結果が出せなかった。

 そしてハロルドは100m走で、リデルは400m走で金メダルを取る。

 リデルは帰国に際し皆に祝福され受け入れられ、ハロルドは静かに一人帰国し、ゴードンに迎えられる。

 

 タイトルよりもテーマ曲の方が有名な映画かも。初めて観たが、実話を基にした映画らしい。二人のアスリートの話が並行して描かれるので、最初は登場人物の関係性がよくわからなかった。時代が時代なので、服装なども皆地味で区別がつかなかった(笑

 オリンピックに向けて二人のライバルの織りなす物語であるが、実話のためか、盛り上がりには欠ける。正直、アカデミー作品賞を取っている理由はよくわからない。スポーツで勝つこととは?を訴えたところがウケたのかもしれないが、そちら方面に疎い自分にはよくわからなかった。

 いろいろピンと来なかったので、wikiなどネットで調べてみたが、この映画のプロデューサーがデヴィッド・パットナムだと知ってちょっと驚いた。「小さな恋のメロディ」のプロデューサーとして名前を知っていたので。それだけだけど(笑