本所おけら長屋 十 畠山健二

●本所おけら長屋 十 畠山健二

 「さかいめ」

 おけら長屋の大家徳兵衛は遠縁に当たる飯田屋の主人九兵衛と話していた。九兵衛は息子弥太郎をおけら長屋に預け、棒手振りの仕事をさせたいと話す。弥太郎はどうしようもない息子だったが、久兵衛の父に世話になった徳兵衛は断れなかった。

 弥太郎は辰次の元で修行を始める。しかし3日後、辰次が泣いて帰ってくる。弥太郎の言い分があまりに的を得ていたため、辰次は魚屋をやって行く自信がなくなったためだった。しかし辰次によれば弥太郎は小ずるい所のある男だった。

 弥太郎は長屋でも騒ぎを起こす。皆でやる仕事を教えていた久蔵にいきなり殴りかかったためだ。

 困った徳兵衛は弥太郎を金太に預けることに。しかし金太のバカっぷりを知った弥太郎は金太を騙し金を奪いその金で酒を飲む始末。それを知った万松は弥太郎を殴り去って行く。そこへ島田が現れ弥太郎と酒を飲む。弥太郎は金太に対する自分の態度と長屋の皆の態度のどこが違うのかと言い始める。島田は丁寧にそれに答える。

 弥太郎は大人しく金太とともに仕事をするようになる。仕事帰り久蔵と出会ったところへ弥太郎が賭場で揉めた相手と出くわす。久蔵は長屋に助けを求めに行く。やられそうになった弥太郎を助けたのは金太だった。金太の天秤棒を振り回し男たちをやっつける。そこへ長屋の連中もやってくる。弥太郎は金太と会話する長屋の連中の言葉に涙をする。

 長屋の弥太郎の両親がお礼を言いにやってくる。弥太郎が改心したためだったが、その場で弥太郎はおけら長屋に住み棒手振りになって、万松の弟分となるんだと話し、皆を呆れさせる。

 

 「あかぎれ

 八幡長屋に住むお福は、お咲の知り合いで、旗本屋敷で下働きをしていた。夫は5年前に病で亡くしていた。そのお福は2年前から富山の薬売りをしている和助と深い仲になっていた。年に2回会えるだけの仲だったが、お福はそれを幸せに感じていた。

 本所界隈で発生している追剝を追っていた島田は偶然会ったお咲に声をかける。その時追剝が人を襲う。駆けつけた島田たちはそこで追剝を追い払った和助と出会う。

 数日後仕事から八幡長屋に帰った和助はお福から話を切り出される。お福の奉公する屋敷に武家のお嬢様である千歳が行儀見習いに来ていた。その千歳が殿様が家宝にしている皿を割ってしまいお手打ちになる、ならなくても自害する、と話しているとのことだった。お福は皿を見ることは月に一度程度しかないため、その時が来るまでは待とうと千歳に言ってその場を収めたのだった。

 翌日居酒屋で酒を飲んでいた和助が島田と出会う。和助は島田に金を払うので盗みの手助けをしてほしいと話す。島田は事情を聞く。和助は元武家だが派閥争いに巻き込まれ、致仕し妻にも離縁状を渡し藩を出て、富山の薬売りになっていた。その後別れた妻と娘が江戸勤めの藩士と結婚したこと、妻は病気で亡くなったこと、娘は行儀見習いとして旗本屋敷に上がったこと、それがお福が奉公する大隅守の屋敷であること、を話す。和助はお福にも迷惑をかけずに千歳を助けたいと話す。

 島田の道場に男が訪ねて来る。それは追剝騒ぎで襲われた男藤三郎とその店常総屋の主人太郎兵衛だった。太郎兵衛は藤三郎を助けてもらった礼だと金を出すが島田は受け取らない。その場にいた和助も含め、太郎兵衛に島田は全てを打ち明ける。

 太郎兵衛は3日後和助にあるお願いをする。それは太郎兵衛がお福の屋敷を訪ねお皿を見たいと話すので、千歳にそれを持って来させてほしいというものだった。和助はお福にその話をする。当日、太郎兵衛は大隅守の借用書を持って屋敷へ。そこでお金が払えないという大隅守に家宝の皿を出せと話す。そしてその皿の入った箱を受け取った藤三郎が箱を落とし皿を割ってしまう。太郎兵衛は皿と引き換えに、と借用書を破く。

 

 「あおおに」

 油問屋河内屋の次男喜之助は長屋で一人暮らしをしている。彼はおとぎ話を作って書いていた。その喜之助の家へ長太郎という子供が遊びに来て彼の作った話を聞くのを楽しみにするようになった。

 おけら長屋に住む隠居与兵衛の元へ相模屋の番頭がやって来る。与兵衛が店のことを聞くと与兵衛の息子で店の主人宗一郎がたに女を作って夫婦仲が悪いことを話す。与兵衛は孫の長太郎と清一郎のことが気がかりだった。清一郎は喘息持ちだったためだ。

 宗一郎の妻お恵は後妻だった。長太郎の母お元は亡くなっていた。宗一郎は清一郎のためにお恵と清一郎を小田原へやろうとしているが、お恵はその隙に宗一郎が他の女と遊ぶのだろうと邪推していた。それを聞いていた清一郎は喧嘩の原因は自分なのかと涙を流す。

 清一郎が食事を取らなくなったため、お満が様子を見に行く。そこで長太郎が清一郎におとぎ話をするのを聞く。そしてその話を誰が作ったのかも。

 与兵衛の家に番頭がやって来る。宗一郎の女が身籠りその兄という男が店にやって来たということだった。

 喜之助の家に兄福蔵がやって来てこの先どうするつもりだと問いただす。そこへお満がやって来る。

 清一郎の具合が悪化する。長太郎は喜之助の家にやってきて、昔聞いた願いが叶う山の神社の話に出て来る神社はどこにあるのかと尋ねる。喜之助は長太郎の弟を思う気持ちに胸を熱くする。

 与兵衛は店に来た宗一郎の女の兄の住む家へ行く。そして全てを受け入れると話し、人別帳や身ごもった女を医者に連れて行く、と言い出す。兄を名乗った男は与兵衛を連れ出し襲う。そこへ島田が助けに入り、二度と相模屋に来るなと言い渡す。

 相模屋では長太郎がいなくなって大騒ぎに。お満は福蔵と与兵衛を店に連れて来るように言い、長太郎は一人ではないので大丈夫だと話す。長太郎は喜之助と目黒の山に行っていた。午後になり皆が集まったところで、お満は事情を話し出す。しかしそれを聞いた宗一郎とお恵はまた夫婦喧嘩を始める。そこでお満の怒りが爆発、宗一郎、与兵衛、番頭に思いの丈をぶつける。宗一郎お恵夫婦はやっと改心し頭をさげる。

 夜になり長太郎は喜之助と店に帰って来る。店を出た島田はお満にまるで万松のようだったと話し笑う。 

 

 「もりそば」

 女に惚れやすく慌て者で本所界隈で有名な半次がまた女に惚れる。今回惚れたのはお千代。半次はあたりの独り者にお千代に惚れるな、と言って廻る。万松のところにも半次がやって来て、お千代に自分の思いを伝える方法はないかと尋ねる。

 お千代の幼馴染お弓はお千代が甘味屋立野屋の玉助に惚れているのを知っていた。玉助がお千代のことが好きなら、半次が騒げば玉助も放っておけないはずだと話す。

 万松は半次に回向院で行われる千寿庵の蕎麦大食い大会で一位になりそこでお千代に嫁に来てくれと申し込めば断れないだろうと話す。

 お弓はお千代を連れ甘味屋立野屋に行く。そこで玉助に聞こえるように半次のことを話し、自分のために頑張ったと言われたら私もその人を好きになっちゃうと話す。

 大会当日、半次も玉助も大食い大会に参加。万松は密かに金太に参加費を渡して大会に参加させていた。バカの金太は食ったことも忘れるから必ず一位になれるはず、優勝賞金の1両は自分たちがいただく、と八五郎に話す。大食いが始まる。半次は途中食べ過ぎで蕎麦を吐き出してしまい失格に。玉助と金太の二人の争いになる。終わりの時間が迫る中、八五郎が金太に声援を送ると金太は食べるのを忘れ八五郎に話し出す。

 結果、玉助が優勝。玉助はお千代とお弓の元へ歩み寄り、お弓に結婚を申し込む。

 翌日半次が万松の元へやって来る。大会で倒れた自分を介抱してくれた女に惚れた、と半次は話し出す。

 

 「おくりび」

 弥太郎はまだおけら長屋にいた。長屋で皆が大家から呼ばれる。大家徳兵衛は奉行所からの通達を話す。最近家事が多いので万が一のために長屋でも準備や訓練をするという話だった。

 長屋に町火消に組の纏持ち政五郎がやって来る。江戸っ子で見た目も良い政五郎に長屋の女たちは惚れる。長屋の皆は政五郎の指示で訓練をし、終わった後一緒に酒を飲む。政五郎は火消しのため酒を断る。弥太郎はそんな政五郎に惚れ、弟分にしてくれと頼み込むが断られる。

 数日後、両国橋でに組とい組の喧嘩が起こる。現場に駆けつけた政五郎はい組の頭に手打ちを申し入れ受け入れられる。い組のかしらは政五郎を気に入り、その場で大酒を飲み始める。いつもは火消しのため酒を控える政五郎だったが、状況が状況のため断れず酒を飲んでしまう。酔った政五郎に下野の栗田村から出て来たという男が声をかける。政五郎はその男と嬉しそうに話す。弥太郎は政五郎は江戸っ子のはずだと言うと、男は17年前に村から江戸に出て来た政助に間違いないと話す。

 万松は政五郎の家を訪ねる。江戸っ子でないと出来ない纏持ちのため、嘘がバレた政五郎は火消しを辞めていた。そして自分の過去を万松に語り、故郷へ帰ることにすると

話す。

 その夜、政五郎の家のそばで家事が起きる。家の中に取り残された婆を政五郎は助ける。後日おけら長屋に挨拶に来た政五郎は皆に見送られながら故郷へ帰って行く。弥太郎が纏を持って彼を見送る。

 

 シリーズ10作目となる本作だが、パワーは全く衰えていない。

 「さかいめ」はよくある大店のダメ息子の話。おけら長屋に預けられるが全く様子は変わらない。しかし金太とともに棒手振りをし長屋の皆と話すことで改心する。よくある人情話の形をとっているが、久しぶりに大笑いさせてもらった一編。弥太郎の改心に金太が重要な役割を果たすが、その金太のセリフがあまりに面白くて腹を抱えて笑ってしまった。本を読んでいるときに声を出して笑ったのは久しぶり。噺の上手い落語家さんの落語か、演技の上手い役者さんのドラマで金太を是非見てみたい。

 「あかぎれ」は大人の静かな恋の話。そこに別れた娘を思う父親の話が出て来て… 事件は見事に解決するが、父親と娘、この先はどうなる、と思わせる。

 「あかおに」は本作ベストか。今なら「引きこもり」と言われるだろう男が引き起こすドラマ。しかし一番の見せ場はお満の啖呵。「磐音シリーズ」のおこんも見事な啖呵を切ったが、この作品でのお満はそれを上回る。グダグタとしている登場人物たちを見事に斬って捨てる。最高のカタルシス

 「もりそば」は見事な滑稽話。オチが読めなくもなかったが、ここでも金太が最後に笑わせてくれる。「さかいめ」での活躍があるので、金太の様子が眼に浮かんで仕方がなかった(笑

 「おくりび」はちょっと切ない話。江戸っ子の気風を描いた作品、とでも言えば良いのか。最初に弥太郎が出て来たときには、また連続モノかと思ったが、そうではなかった。しかし話の最後で弥太郎も覚悟を決めなくてはいけない、という展開になったので、次作には弥太郎はいないんだろうなぁ。

 

 とうとう10作目まで読んでしまった。シリーズは現在も続いているが、そろそろ追いつきそうなところまで来てしまった。この後も1冊1冊大事に読んでいかないと…