本所おけら長屋 十一 畠山健二

●本所おけら長屋 十一 畠山健二

 「こまいぬ」

 三祐で飲んでいる八五郎と松吉の元へ亀沢町の克蔵がやってくる。石原町の若い衆が弁天社に狛犬を奉納したことが面白くない彼は神の手を持つと言われた柳島町の石工石貫に狛犬作りを頼みに行ったが断られたと話し、万松に石貫に狛犬を彫らせることができたら、石貫に払う10両とは別に1両を出すからと頼む。

 万松は早速石貫に頼みに行くが見事に断られる。近所に住む老婆にその理由を尋ねる。2年前石貫の娘お澄と弟子吉五郎の間に子供ができてしまい結婚を申し込んで来たが、半人前の吉五郎を許せなかった石貫は二人を追い出してしまった。石貫はその一月後廣済寺に聖観音像を納めたがその出来が悪いと言われてしまう。無心で石を彫ることが出来なくなったことに気づいた石貫はそれ以来手の込んだ仕事から手を引いたということだった。

 松吉は吉五郎とお澄が住む青戸村へ出向き、二人の気持ちを確かめる。その3日後、松吉はまた石貫の元を訪れ、狛犬の件は諦める、青戸村の石吉という若い石工が狛犬の左右を石吉と石貫とで彫りどちらの腕が良いか勝負だ、と言っていると話す。石貫はその勝負を受けて立つことに。松吉は吉五郎にも話を通す。

 2ヶ月後、弁天社の境内で狛犬が披露される。どちらの狛犬も見事な出来だった。3日後、松吉は石貫と吉五郎お澄を引きあわせる。石貫は吉五郎の腕を認め、孫を抱く。そして松吉に材料代だと言い10両の支払いを求める。

 

 「といちて」

 仁九郎は神田界隈で知られた岡っ引き。和泉橋での駕籠かきと大八車の喧嘩を見事に納め、野次馬たちの喝采を浴びるが、その中に弥太郎がいた。弥太郎は仁九郎に惚れ、子分にしてくれと頼み込むが断られる。

 しかし岡っ引きになるのに決まりごとはないと聞かされた弥太郎は、勝手に久右衛門町の親分を名乗り始め、子分の鶴吉とともにまたおけら長屋に住み始める。

 そんな弥太郎のところへ貸本問屋樋口堂の娘舞がやってくる。樋口堂の手代善吉が200両の金を盗んで姿をくらましたから探してほしいということだった。舞は番頭の銀兵衛が怪しいと話す。弥太郎は早速調べ始める。

 島田の道場へ南町同心伊勢の紹介で仁九郎がやって来る。仁九郎は、綿問屋羽衣屋の二番番頭が店の金100両を盗み大川に身を投げたが、100両は出てこなかった、この事件には裏があると考えており、3ヶ月調べている、と話す。さらに樋口堂の一件も話し、弥太郎のことに行き着く。

 弥太郎は銀兵衛と話していた新太を見張っていたがうっかり見逃してしまう。それを見ていた万松が新太の後をつける。新太は賭場へ行くが負けてしまう。その新太に賭場を仕切る男が金を貸すのを目撃する。万松は島田に報告をする。

 島田は仁九郎とともに賭場へ。そして賭場を仕切る勘二郎に博打好きの大店の番頭を紹介する、と話し仲間になろうとする。その時、弥太郎と鶴吉が捕まって勘二郎の元へ。島田と仁九郎は勘二郎たちを捕まえることに。

 弥太郎はこの一件で懲りて、自分のために作った十一手(といちて)を仁九郎親分に返す。そこへ舞がお礼に来る。舞は善吉と結ばれることになり、弥太郎は涙を流す。

 

 「ぬけがら」

 松吉の猫がまた行方不明になり、松吉は三祐に張り紙をしようとする。そこへお染がやって来て、万造に松吉とお栄はどうなっているのか、と聞く。さらに万造とお満のことも。そこへお満がやって来て賑やかな酒盛りとなる。お染は自分の過去を思い出す。

 お染の両親は火事で亡くなり伯母に引き取られ、伯母の裁縫の仕事を手伝っていた。伯母の実家の機織の仕事が忙しくなり一緒に所沢へ行くことに。作った織物は入間屋という問屋へ納めに行っていたが、そこで跡取り息子の庄一郎と出会う。ある日庄一郎に想いを告げられ二人は結婚することに。庄一郎の両親にも可愛がられ平和な日々を過ごす。子供ができないことだけがお染の悩みだった。結婚して4年目入間屋が大きな借金を背負うことに。両親は庄一郎お染に逃げるように言い、自分たちは死んで詫びると話す。お染は自分も嫁だと言おうとするが、庄一郎は父親の言葉にうなづく。庄一郎は遅めに離縁を申し出る。そして江戸に逃げるように言い、必ず迎えに行くからと話す。両親は川に身を投げる。お染は庄一郎に見送られて江戸へ立つが、途中で引き返す。庄一郎は両親が身を投げた場所に手紙を残し身投げをしていた。

 お染も川へ入り気を失う。気が付いた時には伯母に介抱されていた。そして自分が身ごもっていたがその子も流産したことを知る。抜け殻のようになったお染は江戸に出る。そして酒に溺れ男に騙され、丑三つの風五郎という盗賊の情婦となっていた。そして盗賊の仕事がいやになり、火付盗賊改方に自首をし、おけら長屋に住むことになる。

 三祐に島田もやって来る。松吉の猫は見つかるが、おけら長屋にめでたい話は当分なさそうだとなる。

 

 「えんがわ」

  八五郎の師匠文蔵は、甥の文七が八五郎の娘お糸と結婚をしたのを機に引退をし余生を送っていた。文蔵の娘お豊から言われた八五郎は文蔵に会いに行く。そこで文蔵からお小夜という50歳過ぎの女を探してほしいと頼まれる。20年前普請先の女中をしていたお小夜と文蔵は出来てしまい、子供を授かったが2ヶ月後その子供文太は死んでしまう。文蔵はお小夜を詰りお小夜は姿を消してしまった。

 八五郎は万松に相談、10日後万松はお小夜を見つけて来る。しかしお小夜は一月前から4、5歳の子供と一緒に暮らしていた。お小夜は文太の墓参りでいじめられている子供を見かけ、寺の和尚に声をかける。その子供多吉は両親に捨てられて寺で預かっていた。お小夜は多吉を自分が住む長屋に連れて帰り一緒に暮らし始めていた。

 万松にお小夜の居場所を聞いた八五郎はお小夜を長屋に訪ねる。その際多吉が喧嘩をしている現場に遭遇、八五郎は子供たちを追い払ったが多吉に怪我をさせられる。それを見ていたお小夜は家に八五郎を招き入れる。八五郎は全てを告白する。お小夜は文太が死んだ日、文蔵の妻お末が香典を持って来てくれたことを話す。その時多吉に怪我をさせられた子供の母親がお小夜の家に乗り込んで来る。八五郎は割って入るが、お小夜が心の臓の病で倒れてしまう。お小夜は医者に診てもらうが、長屋の住人は多吉の面倒を見ることを拒否し、多吉を八五郎へ預ける。

 

 「らくがき」

 多吉はおけら長屋で暮らし始める。万松が多吉に声をかけおけい婆さんの店で芋を騙し取る。それを知った八五郎は万松の家へ行くが、そこで多吉は笑っていた。それは八五郎が初めて見る多吉の笑顔だった。そして万松が多吉を仲間にしたこと、多吉がそれを喜んだことに気づく。

 翌日八五郎は久蔵の妻お梅が息子亀吉の面倒を多吉に見させているところを見る。多吉は絵を描いて赤ん坊の亀吉を喜ばせていた。八五郎はおけら長屋の力を改めて感じる。

 八五郎は万松に三祐へ呼ばれる。緑町のでかい屋敷、御作事奉行榊山主計頭徳重の家の壁に竜の絵の落書きがされており、家来たちが犯人探しをしているとのことだった。目撃者の証言から多吉が描いたものと思われた。八五郎は家に戻り、多吉に竜の落書きのことを尋ねる。多吉は屋敷に入る駕籠付きの侍に蹴られ怪我をしたので、悪いことをするとバチを当てると和尚が言っていた寺の天井にあった竜の絵を描いた、と話す。

 八五郎は万松、島田に相談。八五郎は自分が屋敷へ行くと言い出す。翌日八五郎が屋敷へ行くと島田が待っており、当て身を食らわせ八五郎を気絶させる。島田は代わりに屋敷へ乗り込み、榊山に全てを打ち明ける。榊山は明日八五郎と多吉を屋敷へ連れて来るように話す。

 翌日八五郎と多吉が屋敷へ行くと、榊山と絵師安岡草深が待っていた。草深は多吉の絵を褒め多吉を絵描きとして育てたいと言い出す。八五郎と多吉は話を受け入れる。

 話を聞いた万松は多吉が捨てられた長屋へ出向く。多吉の実の母親は声を失って多吉との会話を絵でしていた、と聞いて来る。

 

 「こまいぬ」はそのまま落語になりそうな人情話。よくあるパターンとも言えるが、珍しく途中万松が別行動を取り、松吉一人が動き廻る。親子の愛を描いた作品故に、最後の万造のセリフが泣かせる。

 「といちて」は前作に引き続き、弥太郎の騒動話。プラス久しぶりの事件解決話か。タイトルの「といちて」が何かと思わせるが、弥太郎らしいオチだった。

 「ぬけがら」はおけら長屋の謎の女と言われる(笑 お染の若い頃の思い出話。18歳の時の初恋が実らなかった話は「おけら長屋 四」で披露されているが、そこから盗賊の情婦になるまでの間の話。幸せな結婚生活から一転地獄を見た経緯が語られる。話の本線ではないが、金のある時ない時での周りの人間が手のひらを返したように変わってしまう、という皮肉も描かれる。

 さらに、お染の口から松吉とお栄の仲の良さが語られる。これは「おけら長屋 八」の最後で指摘したこと、やっぱりなと嬉しくなった。

 「えんがわ」「らくがき」は「おけら長屋 九」以来の連続もの。師匠文蔵の引退話からお小夜を探す話へ、そして多吉が登場し…。不幸な時を過ごした子供が大人を信用しなくなる、その子供をどうやって笑顔にするのか。おけら長屋の真骨頂、と言ったところ。さらに旗本の家の壁の落書き騒動へ発展。ここでは話のわかる榊山が登場、見事な大団円となる。

 

 11作目、本当にパワーが衰えないなぁ。気になっていた松吉とお栄のことも話題になって来たし、ダメ息子弥太郎はこれで姿を消すのか、文蔵は大人しいままなのか、多吉やお小夜はまた出て来るのか。気になることがまた増えてしまった(笑