團十郎切腹事件 戸板康二

團十郎切腹事件 戸板康二

 乾くるみさんの「蒼林堂古書店へようこそ」を読み、その中で「日常の謎」の元祖として紹介されていた一冊。歌舞伎界の老優中村雅楽が探偵役の短編集。18話の短編が収められている。

 紹介にあったように「日常の謎」を楽しもうとして読み始めたが、正直全くその方向性の本ではなかった。冒頭から殺人、紛失、失踪、切腹などの自殺、などの重い事件が続く。

 さらに探偵役が歌舞伎俳優ということで、歌舞伎界が舞台であることが多く、歌舞伎には不案内な自分としてはちょっとツラいかなと思って読み進めた。するとこれがなかなか面白い。いや相当面白かった。歌舞伎の演目、それもおそらく相当有名な演目なのだろうが、それが事件の背景として描かれているが、まぁぶっちゃけ歌舞伎のことがよくわかっていなくても小説としては大変面白い。

 加えて途中で気がついて驚かされたのは、小説の時代設定が昭和の早い時期であったり、中には大正時代のものまであったこと。改めてwikiで調べるとこの小説が書かれ始めたのは1959年だそうで、もう60年以上前のこと。江戸川乱歩に勧められて推理小説を書き始めた、というエピソードが巻末の解説で紹介されており、江戸川乱歩本人による解説まである!

 小説としては短編集であり、先に挙げた通り、殺人、紛失、失踪、自殺などの事件を扱っていることから、「日常の謎」というよりははるかにシャーロックホームズの日本昭和版、といったところ。一風変わった事件に探偵役の中村雅楽が興味を示すところや事件と一見関係なさそうな質問をするところ、挙げ句の果てには、ワトソン役の竹野と会った時に彼のそれまでの行動をズバリ言い当てるところまである。舞台が歌舞伎界であっても小説の持つ雰囲気がまさに正統派の推理小説であることが読みやすかった理由だと思う。

 

 18編もあるので各々は記録しないが、印象に残った2編を。

 「團十郎切腹事件」は雅楽が話として竹野に語るもの。八代目團十郎の自殺の真相に迫る。江戸時代大阪の芝居に出るために東海道を旅した團十郎の供をした人から伝え聞いた話からその道中で起きたことの謎を解き、自殺の原因も推測する。さらにその雅楽の推測を裏付ける証拠が出てくるが…。

 道中で起きる不思議な謎を解いていく過程がまさにミステリーであり面白い。それだけでは終わらず、いわゆる大どんでん返しまで待っている。この小説で直木賞を受賞されたそうだが、十分納得できる一編。

 

 「等々力座殺人事件」は裏日本の都市の近くにあった等々力座という劇場で俳優が殺される。被害者が誰の恨みも買うような人物ではなかったことや事件の周りで不思議なことが起きていたことなどから、雅楽は意外な推理を展開する。

 これはまさに日本昭和版の「Yの悲劇」。これだけで犯人の見当がついてしまうが、小説の中でも犯人の登場は印象深いものでそんなに意外には感じなかった。ただ悪質なパロディかといえばそんなことはなく、犯人が犯行に及ぶ気持ちが感じられて、本家のものより犯行をリアルに感じられた気がする。

 

 このシリーズについてはまだまだ知らないことが多いが、60年前から20年以上にわたり書かれており、10年ほど前に全集として5巻物として再刊行されている。これは久しぶりに大物を釣り上げた予感がする。早速続きを読んでみたい。