グリーン車の子供 戸板康二

グリーン車の子供 戸板康二

 歌舞伎界の老優中村雅楽シリーズの2冊目の短編集。前作同様18話の短編が収められている。

 前作で書いたように、乾くるみさんの本の紹介で読み始めたのだが、前作は紹介にあった「日常の謎」とは少しかけ離れていた1冊だった。しかし本作はまさに「日常の謎」ものと言える。特にこの本の後半に書かれたものはその傾向が強い。

 巻末の解説にあるが、18編のうち、前半9編は1961〜1963年に書かれたもので、後半9編は1971〜1976年に書かれている。途中10年近い中断があった模様。

 前作の前半が重い事件が多かったのに対し、本作は最初から軽い事件ばかり扱っている。中でも表題作となっている「グリーン車の子供」は日本推理作家協会賞を受賞した1作であり、何も事件は発生しない。しかし用事があって大阪に出かけた中村雅楽が帰りの新幹線で遭遇した不思議な出来事の謎を見事に解いてみせる。

 このシリーズでは伏線回収に唸らされることが多いが、一方であまりに正直に伏線が張られることもあり、事件の真相が予想できてしまうものもある。ただこの「グリーン車の子供」における伏線は、『中村雅楽が7年ぶりに舞台に出演する可能性が出てくるが、共演者の子役が気に入らない』というもの。まさかこんなことが伏線だと誰が思うか(笑

 この受賞作にはさらなるエピソードがあり、巻末で協会賞選考委員であった佐野洋がその事の顛末を書いている。作中にちょっとした作者の誤解があり、それを指摘された選考委員達共々作者と変更をするのだが、変更した結果さらなる誤解、矛盾が生まれてしまった、というもの。それを指摘したのが、星新一だというのが驚き。なんて豪華なエピソードトーク。この巻末の佐野洋の話を含めて、本作での一押しの作品と言える。

 この作品以外にも、能楽界独特の美意識を基にした「美少年の死」や、中村雅楽のラストのセリフに痺れる「日本のミミ」、これまた歌舞伎界独特の家族のあり方と描いた「妹の縁談」など、傑作が揃っている。

 

 次は3作目。大いに期待して読みたいと思う。