封印作品の謎 安藤健二

封印作品の謎 安藤健二

 先日yahooで「こち亀」の封印作品の話題があり、その時のコメントで知った一冊。5つの作品が封印されてしまった経緯について書かれている。

 封印された発端はいずれも何らかの団体などからの抗議であり、それを受けて製作者側が自主規制をしたというもの。

 

・『ウルトラセブン』第12話「遊星より愛をこめて」

・映画『ノストラダムスの大予言

被爆者団体からの抗議

 

・『怪奇大作戦』第24話「狂鬼人間」

〜精神障がい者団体からの抗議

 

・『ブラック・ジャック』第41話「植物人間」、第58話「快楽の座」

〜他作品へのロボトミー被害者団体からの抗議を受け自主規制?

 

・0157予防ゲーム

〜この本の著者が新聞に載せた記事がきっかけ?でネットが騒ぎ出す

 

 

 最後の案件を除くと、残りの4作品はいずれも1960年代後半から1970年代前半の作品である。本の中でも触れられているが、抗議が起こり始める1970年代までは、製作者側にあまり表現の「ヤバさ」に関する意識がなく、この時期に抗議が集中したように思える。これが現代のTVをはじめとするメディアでの自主規制につながっているのが実感できた。

 製作者側の自主規制を咎める声もあるが、彼らにもそれぞれ事情があったようだ。メーカーサイドの体裁や関連商品の販売など。この本を読むと致し方ないと思えてしまう。

 ただ、抗議を受け自ら規制の選択をした、漫画の神様と言われた手塚治虫の言葉がこちらにも響いてくる。

 

 『あまりにも制限や制約の多さに、描きようがなくなったこともあります。(中略)抗議がいろいろ来て、しまいには、ブラック・ジャックは、ただのケガをなおす救急医師みたいな立場になってしまい、(中略)中にはマンガとはいえ、でたらめを描かずに真実の話を描け、などという抗議もあって、ほんとうに描きづらくなったことはたしかです。』

 

 余談。最終章で0157予防ゲームについて著者がその封印に関わったことが記されているが、その図式が第1章のウルトラセブンの話で出てきた中学生の少女とまったく同じ立場であったことがあまりにも皮肉めいている。