名もなき花の 吉永南央

●名もなき花の 吉永南央

 前作「その日まで」の続編で、シリーズ第3作。コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」の76歳の女主人、杉浦草が主人公。彼女の周りで起きる問題を彼女が解決していく短編集。以下の6編からなる。

 

 

「長月、ひと雨ごとに」

 草の小蔵屋にコーヒー豆を卸しているミモトで代替わりが行われる。2代目社長となる令が紅雲町で新たに出店計画を持っていると知った草は行動に出るが…

 

「霜月の虹」

 紅雲町の田中青果店産地偽装を暴こうとする新聞記者の萩尾と草は出会う。萩尾の知り合いで草のコーヒーの師匠であるポンウフアンのバクサンこと寺田が草に萩尾のお目付役を依頼して来るが…

 

「睦月に集う」

 由紀乃の依頼で彼女のいとこである勅使河原先生とつながりを持った草。先生の家の近所で不審な男による事件が発生し、先生の娘ミナホも不審者に襲われる。しかしミナホを襲ったのは、先生の門下生である藤田という男らしかった。藤田ではない不審者が逮捕されるが、草はミナホと藤田の関係に何かがあることに気づく。

 

「弥生の燈」

 由紀乃の家の裏の家があばら家となっており、由紀乃の家にも危険が及ぶことを心配した草は裏の家の住人を調べ始め、芸者貴美路にたどり着くが…

 

「皐月の嵐に」

 勅使河原先生の長年の研究に対し賞が贈られることになり、受賞記念パーティが行われる。草も手伝いとして参加するが、そこでミナホ、萩尾、藤田、先生の関係性と過去の事件のことを知る。さらにその事件に関係する円空仏が源永寺で発見される。草はミナホに手紙を書くことに。

 

「文月、名もなき花の」

 萩尾の母が事故で入院することに。草は萩尾に会い、自分の推理を萩尾にぶつける。萩尾は何も話さなかったが、草はミナホからの電話で過去の事件の真相を知ることになる。

 

 前作に引き続き短編集でありながら、長編とも言えるつくりとなっている。

 1話目だけが、ほぼ独立した短編であり(1話目の登場人物も最終章で話題に上がるが)、2話目以降は大きな謎への序曲のような感じ。萩尾、ミナホ、勅使河原先生、藤田らが別の事件をきっかけに草の前に現れる。そして話が進むごとに、草は彼らの中にある不自然な関係に気づき、その裏に15年前の事件が姿を現す。実に見事な構成。

 前作も同じような構成だったが、最終章での「オチ」が少し弱かった気がしたが、本作は解決も見事。そこまでに登場した人物たちを巧みに使い、読んでいたホッとする大団円が待っている。

 

 本作でもストーリーとは別に草の言葉が重い。

 第5章で、ミナホと萩尾の仲を心配しどのように行動するか迷った草が、不幸であった結婚生活時に世話になった人を思い出す。その人とはもう何年も会っておらず消息もしれないのだが、草は思う。

 

 『不思議なものだ。

  大事な人とは、何十年経っても、一緒に生きている』

 

 子供を幼い頃に亡くしている草だけにこの言葉は響く。

 

 もう一つ。同じ章で、草は円空仏のことを調べるために、見知らぬ老女に話を聞きに行く。彼女は人と会うのも億劫がっているような女性だったが、彼女から重要な事実を聞き出した草は礼を述べる。するとその老女が

 

 『「ありがとうと言われることは、いいものだと思って」

 (中略) してもらう事ばかりが増えていく時、ありがとうは自分が発するだけの言葉になる。ありがとうを久しぶりに言われたと感じる時、うれしくもあり、同時に、自分の変わりようを実感するのかもしれない』

 

 これは年老いた人の実感なのだろう。自分にも年老いた母親がいる。とても「刺さる」言葉だった。