花ひいらぎの街角 吉永南央

●花ひいらぎの街角 吉永南央

 「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ第6作。コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」の76歳の女主人、杉浦草が主人公。彼女の周りで起きる問題を彼女が解決していく短編集。「花野」「インクのにおい」「染まった指先」「青い真珠」「花ひいらぎの街角」の5編。

 

 草に昔の知り合い田中初之輔から絵が届く。それは田中が唯一書いた小説をモチーフにした絵だった。それがきっかけで草は珈琲の師匠であるバクサンとともに田中と50年ぶりに再会する。草はバクサンから田中の書いた小説「香良洲川」を入手する。

 珈琲屋こよみに来た保険営業の女性から活版印刷されたしおりをもらった草は「香良洲川」を印刷し製本することを思いつく。地域の大手印刷会社アルファ印刷工業に印刷を頼もうと来社するが、そこで顧客情報漏洩の話を聞いてしまう。結局草は昔から付き合いのある萬來印刷に製本をお願いすることに。

 そのことで草は萬來印刷の社長萬田、従業員小林晴秋と知り合う。萬田が久実に惚れデートに誘うが、久実は断ってしまう。草はやがてしおりをくれた女性が晴秋の娘であることを知る。そして晴秋の妻が3年前に自殺したことも。

 アルファ印刷工業の顧客情報漏洩、晴秋の妻の自殺、晴秋とアルファ印刷工業の漏洩事件の犯人との関係などについて、草は事実を知って行くことになる。

 

 本作も短編集のつくりであるが内容的には長編。

 昔の知り合いからの贈り物をきっかけに別れた夫とのことを思い出したり、製本をきっかけに草が印刷会社の情報漏洩に関わる事実を知ることになったり、製本をした会社の従業員の妻の自殺の真相に気付いたり、と小さな街で起きる、あるいは昔起きた事件に草さんが絡んでいく過程が面白い。

 本作では、草と初之輔の関わり〜草の別れた夫の文芸活動、とアルファの情報漏洩と晴秋の妻の自殺の3つが並行して描かれて行くが、一つ一つ解決していくので話としてはわかりやすかった。

 このシリーズではどの話でも少しいびつな家族が描かれる。本作でも萬來印刷の晴秋の妻がアルファ印刷工業の社長の姉であり、晴秋の妻の自殺がもとで二人は仲違いしている状態。また晴秋の娘が草に活版印刷のヒントをくれた保険営業の女性であったり。草の別れた夫のこともシリーズでは初めて?少し詳しく語られる。どの話も現実にありそうな話である。

 

 今回も一文をピックアップ。

 草が由紀乃と「香良洲川」のゲラを確認する場面。一緒に机を前にし、草は小学生時代のことを思い出すのだが…

 

 『六十数年前、およそ半世紀前、先月と心は自在に駆けめぐる。たった今、この時のみを生きるには、年寄りの過去はあまりに長すぎる。』