新・戻り舟同心 雪のこし屋橋 長谷川卓

●新・戻り舟同心 雪のこし屋橋 長谷川卓

 同心を息子に譲り隠居していた二ツ森伝次郎が奉行所から永尋(ながたずね〜未解決事件)の担当として復帰する。同僚だった染葉、現役時代に使っていた岡っ引き鍋虎と孫の隼などと一緒に事件解決に奔走する。4作品で終わったシリーズが、「新」と銘打って新たにシリーズ化され、その2作目。以下の5章からなる短編集。

 

「悪い奴」

 伝次郎は見廻り中に江戸払いの身であるはずの鎌吉を見かけ跡をつける。彼は悪名名高い御家人の難波騎一郎の家へ入っていく。後日、申泉という絵師が伝次郎を訪ねて来て父を殺した犯人から殺した理由を聞きたいと申し出る。申泉の父は若狭屋の主人惣兵衛で4年前寄合の帰りに物取りに襲われ、小僧の末吉、夜鷹の桑とともに殺されていた。犯人はまだ捕まっていなかった。

 その事件は新次郎が調べており抜けはないように思われた。伝次郎は狙いは惣兵衛ではなく、桑だったのではないかと考え、桑の周辺を探り始める。桑の遺品の簪から桑の悲しい過去が判明、伝次郎は夜鷹の元締めに会いに行き、桑の夜鷹仲間から桑が侍が人を斬るを目撃していたこと、侍は難波だったことを聞き出す。

 伝次郎たちは花島と近を使って、難波と鎌吉を罠にかける。

 

「雪のこし屋橋」

 伝次郎は見廻り中に梅吉のことを思い出す。9歳の時に母の病気を治してもらおうと医師諸川寿庵を訪ねたが金がないため診てもらえず寿庵の家に火をつけた少年だった。梅吉は遠島となったが溜には送られず15になるまで叔父の作太郎の元に預けられていた。梅吉はそこで周りの人間から島での暮らしに役立つことを教えてもらっていた。

 伝次郎は梅吉の手助けをした亀五郎に会いに行く。亀五郎から栄七のことを聞かれる。研ぎ師だった栄七は27年前、弟弟子の和助を誤って殺してしまい島流しになっていたが、19年前に戻って来ており、今は紙屑買いになっているとのことだった。

 梅吉も栄七も今は真面目に過ごしていることを知り伝次郎はホッとする。

 栄七が赤子の捨て子を拾うが、人さらいと勘違いされて捕まってしまう。伝次郎が中に入り栄七は解放される。勘違いして栄七を掴めた岡っ引き弁吉が栄七のことを調べ、今は稼いだ金を昔の研ぎ師仲間を経由して和助の妻に渡していることを知る。

 数日後、梅吉は持っていた出刃で栄七とすれ違った際に栄七は誤って栄七を切ってしまうが、栄七は梅吉を許しそのまま行かせる。梅吉は寿庵の家を訪ね寿庵を刺す。その頃栄七は和助の息子尚吉に刺されていた。

 

「浮世の薬」

 正次郎は母伊都が祝いの品を買いに行くのをお供する。道中、伊都は世の中には心根の良い者と悪い者がいると話し、すれ違う人がどちらかと正次郎に尋ねる。そのうちの一人を怪しいと睨んだ伊都は正次郎とともに男をつけ始める。

 男は蝋燭問屋でタバコ売りと店の女と話し、茶屋で別の男と話をする。話から男の名は万三だと知れる。そして万三が塒である吉松店の長屋へ帰るまで見届ける。

 翌日奉行所で正次郎は、新次郎たちが追っていた古狐の藤助一味について話を聞き、その中に万三という男がいるを知り、昨日の件を話し、一味の狙いが蝋燭問屋であると指摘、一味の捕縛に大いに役に立つ。

 

「鼻水垂兵衛」

 花島は夜道で3人組に襲われていた男を助ける。男は仁助といい重傷だったため、花島は自分の家へ仁助を連れて帰り医者に診せる。翌日花島は身分を明かし仁助から事情を聞く。斑蜘蛛の与平一味の小頭だったが、弟分の峰吉の策略で、先代を殺したとされ、仙台の息子一蔵から狙われているとのことだった。

 仁助は恩ある人を訪ねるところだったというが、花島はその人間が仁助を襲ったと考える。それは女郎屋である油堀の専次郎だった。伝次郎たちは専次郎を見張り始める。

 八十郎は昔の道場仲間の枝村と会う。伝次郎たちは一味の隠れ家も突き止め見張り、彼らが襲ってくるのを待ち構える。一味が花島の家を襲うが、中に枝村の姿もあり、八十郎は枝村と一騎打ちをすることに。伝次郎は一味から専次郎の悪行も聞き出し捕まえることに成功する。

 

「《播磨屋》一件」

 正次郎は仲間である梶山倫太郎が怪我を認したため、代わりに牢屋見廻りに駆り出される。正次郎は倫太郎を見舞い、牢で左兵衛が亡くなったことを話す。倫太郎から牢で殺された者があった場合は近日牢を出た者が怪しいと聞かされる。2日後軽敲きの刑を受け浩吉が牢を出る。

 正次郎は街中で浩吉を見かけ跡をつける。その時伝次郎たちと会い、事情を告げる。伝次郎たちは妾である悦、その下女である竹が殺された一件を追っていた。一緒に浩吉を追うと浩吉が薬師の親分滝造とその手下権平と料理茶屋関もとに入って行く。その後も跡をつけると滝造たちは竹皮問屋播磨屋へ。

 伝次郎たちは牢で死んだ左兵衛のことを調べると彼が住んでいた長屋に滝造がきたことがわかる。さらに左兵衛が誰かを脅し金回りが良くなっていたことも突き止める。正次郎は浩吉の軽敲きが軽く済んだのは賄賂を送ったからだと聞き、それが滝造だと知る。伝次郎たちは、妾悦の旦那が播磨屋の主人伸兵衛で、彼が悦を殺してしまいその処理を滝造たちに頼んだが、それを左兵衛に見られていたと考える。

 伝次郎は滝造たちに調べたことを告げ、さらに播磨屋の伸兵衛の前でも一芝居を打つ。滝造たちは捕らえたが、伸兵衛に動きがないことを不審に思った伝次郎は播磨屋に踏み込む。しかし伸兵衛は店の中で首をくくっていた。

 

 新シリーズ復活後の第2作の短編集。本作は過去の作品の中でも最高傑作ではないだろうか。それほど各話の出来が素晴らしいと思う。

 「悪い奴」はまさに永尋の一件。4年前の殺しの犯人の狙いを見抜く伝次郎は流石。そこからの展開は通常通りだが、最後の花島と近との罠があまりに巧妙。現代では使えない技だろうが、時代小説ならではの解決で納得できる。

 「雪のこし屋橋」は完成度の高い悲劇であり人情物語。鬼平さんの話にもここまで完成度の高い話はなかったのではないだろうか。藤沢周平さんの小説を思い出させてくれる1編。人の心の奥底は誰にもわからないことを痛感させる梅吉や栄七の話がメインの悲劇ではあるが、梅吉の長屋の住民や栄七を誤って捕まえた弁吉のその後の行動など、人情の温かみもしっかりと描かれ、救いがあるところが見事。

 「浮世の薬」は時々このシリーズで現れるごく短い話。正次郎の活躍のように見えるが、本当に活躍したのは伊都。その伊都が最後に語る

 「あのお義父様の倅の嫁で、そなたの母ですよ。まともでいられると思いますか」

が痛烈。

 「鼻水垂兵衛」が傑作揃いの本作の中でも一番か。盗賊の一味の一人、仁助を花島が助け、一味との壮絶な斬り合いとなるが、腕に覚えのある花島、八十郎の活躍が抜群にカッコ良い。伝次郎が仁助や一味のものを脅す場面も良い。仁助が次々と現れる伝次郎のおかしな仲間たちにいちいち驚く場面は腹を抱えて笑わせてもらった。

 「《播磨屋》一件」は、時代劇でありがちな牢の中での殺人を扱っている。敲きの刑が、役人の裁量でいかようにも軽くできるというのは初めて知った。

 この他にも、真夏がけんちん汁の作り方を習ったり、正次郎が仲間の妹にちょっと見初められたり、と読者にとっては嬉しいエピソードも事欠かない。

 

 前作「父と子と」で次の作品(本作)がシリーズ最後の作品だと書いてしまったが、wikiのミスで、シリーズにはもう1冊あることがわかった。本当に嬉しい。しかも前作で登場した鳶が相手となる模様。楽しみで仕方ない。