われ敗れたり 米長邦雄

●われ敗れたり 米長邦雄

 2012年にコンピュータと将棋の対局をした、当時の将棋連盟会長米長邦雄の自戦記を含めた一冊。先日読んだ「阿川佐和子のこの棋士に会いたい」の中で触れられていたので早速読んでみた。

 米長氏がコンピュータと戦うことになった経緯から、対局当日、仲間のプロ棋士たちを含めた対局後の記者会見まで、と自戦記が書かれている。非常に興味深い内容で、今回この本で初めて知ったことも多かった。

 

 まず、正直、阿川さんの本の100倍面白かった(笑 将棋については、羽生さんが7冠だった時期から、今で言う「観る将」をしていたので、コンピュータ将棋(以下、AI)と人間との戦いについても、2007年のAI(ボナンザ)対渡辺を特集したNHKの番組は今でもレコーダに残っているぐらい。

 

 と言うことで、感想をいくつか。

 米長氏が対局相手のとなった理由について。当時から2010年代の半ばに、プロ棋士がAIに負けてしまうまでの間、「観る将」としては、いつ羽生さんが出て来るのかとずっと思っていた。しかしもし羽生さんが出てきて、AIに負けることがあればそれは人間側の完全敗北を表すから、ないのかなぁとも思っていた。この本によれば、会長であった米長氏はAIとの対局料として、羽生さんの場合に7億円と提示していたそうだ。一見、羽生さんを戦いの舞台に出さないために吹っかけているだけと思われる金額だが、この本を読むとその額に納得がいく。

 

 6二玉について。この手は随分と話題になったが、それをアドバイスしたのが、ボナンザ開発者保木さんだったとは知らなかった。しかも保木さんはそれを後悔しているとか(笑 なんだそりゃ。しかしこの本でよくわかったのは、当時人間側は、AIの将棋は人間同士の将棋とは異なるもので、そこにAIの弱点があると考えていたこと。羽生さんの対局料7億円もそこに起因している。現在のAIの強さからはちょっと考えられないことだが、当時のAIはまだそのレベルだったのだろう。

 

 米長氏の敗因について。氏は敗因を80手目の6六同歩だと書かれている。代わりの手順も示し、この手を指していれば押し切れたはずだ、とも書いている。しかし実は最終章でAIソフト開発者の一人が、その代わりの手順に対するAIの指し手を示している。この指し手についても、氏の考えを聞いてみたかった。

 

 最後に。元ではあるがプロ棋士、しかも名人経験者がAIに敗れた、記憶に残る対局をご本人がその準備段階から全てを振り返り書かれているのだから、これは本当に貴重な一冊。本でも書かれているように、対局後ネットで観戦していたファンからの書き込みが米長推しだったことからも、この本を書くことで米長氏は対局には負けたが、勝負には勝った、と言っても良いと思う。

 ただ一点残念なのは、対局当日の昼休みのあるアクシデントについてこの本に書いてしまったこと。このアクシデントが氏の感情に影響したことは間違いないのだろうが、米長氏らしく、ここは本には書かないで欲しかった。これさえなければ、米長邦雄の最後の完勝譜となったであろうに。