駒音高く 佐川光晴

●駒音高く 佐川光晴

 将棋に関わる様々な人物に焦点を当てた短編集。以下の7編からなる。

 

「大阪のわたし」

 将棋会館で清掃員として働く女性。あまり人と話をするタイプではなかったが、一度だけ研修会員の少年と話したことはあった。そんな彼女が大阪へ旅行に行く。

 

「初めてのライバル」

 将棋教室で3学年下の児童に負けた少年は雪辱を期すことを誓う。彼が将棋にハマった経緯が描かれ、そして再戦が行われる。

 

「それでも、将棋が好きだ」

 研修会で結果が出ない少年。中学生になってもその状態が続き、降級の可能性も出て来る。父親は少年にしばらく将棋は休むように諭し、少年は涙する。

 

「娘のしあわせ」

 娘が将棋を始めその才能を見せ始め、母親は驚く。先生に誘われ娘は研修会に入ることに。さらに奨励会の試験を受けるまでになり、母親はただ見守るだけだった。

 

光速の寄せ

 奨励会三段リーグに所属する青年が電車である出来事がきっかけで女性と知り合う。女性は就職浪人をしていた。初めてのデートの日、女性は無口だったが、食事の際に自分の置かれている状況を説明し始める。

 

「敗着さん」

 将棋担当の新聞記者がは、対局の鑑賞中の出来事がきっかけで、「敗着さん」と呼ばれるようになってしまう。ある棋戦を観戦していた記者は大盤解説に呼ばれてしまい、その場でもある手を予想し、棋士もその手を指すがそれが敗着の一手となってしまう。

 

「最後の一手」

 長年プロ棋士として活躍しタイトルも取ってきた棋士が病気で倒れてしまう。再発を心配する医師からの勧告でフリークラスの棋士となることを決めたが、ある棋戦で復帰。対局に挑んだ彼は全力で相手と指し勝利するが、それを機に引退することを決意する。

 

 将棋に関する小説本というと、「神の悪手」が印象に残っているが、本作はミステリではなく、将棋の世界を一風変わった視点から小説にしている。将棋会館で働く清掃員、研修会員や奨励会員、そしてその親、将棋担当の新聞記者、ベテランの棋士、など様々な人が主人公となっている。将棋の世界で勝ち抜く者、負けて行く者、の厳しさも描かれるが、それだけではなく、皆が将棋を愛しているというのが共通しているところか。

 はっきりと、しかも残酷な結果が出る世界をテーマにしながら、どの話も希望を持て、心が温まる話を描いているのが素晴らしい。著者の将棋に関する別の本を読んでみたいがなさそうなのが残念。