下郎の月 大江戸定年組 風野真知雄

●下郎の月 大江戸定年組 風野真知雄

 大江戸定年組シリーズの第4作。町方同心の藤村慎三郎、三千五百石の旗本夏木忠継、町人の七福仁佐衛門はそれぞれ隠居をし、息子に家督を譲った。仲の良い3人は景色の良い家を探し、そこを「初秋亭」と名付け、隠れ家とすることに。しかしただ景色を観ているだけでは飽き足らず、様々な厄介事を解決するために奔走し始める。以下の5編からなる。

 

「下郎の月」

 黒沢道場で町人だが、相手の金的を狙うことで強い男が噂になる。その男八百屋の三右衛門の妻が初秋亭に来て、亭主の復讐をやめさせて欲しいと願う。三右衛門はかつて追い剥ぎに会い、強くなるために依田銀斎の道場に行ったが門前払いを食らってしまい、依田に股を蹴られて以来、復讐を誓っているそうだった。

 藤村たちは三右衛門に復讐をやめるように説得に行くが、彼は聞かなかった。その後評判の悪い依田が暴れていると知らせが入り、藤村たちは見に行くがそこに現れたのは三右衛門だった。彼は依田を得意の技で倒してしまう。


「幸運の戌」

 息子が商売を失敗した仁左衛門の家に幼馴染の連二が訪ねてくる。懐かしむ仁左衛門だったが、彼が帰った後に煙草を吸い倒れてしまう。医者から煙草を辞めるように言われる。

 初秋亭に三人の俳句仲間の草楽が訪ねて来て、黄一作の戌の根付を譲ってくれと迫られているが、断って欲しいと頼まれる。相手は但馬屋周右衛門だった。藤村たちは周右衛門に話に行き彼も受け入れる。しかし草楽は頼まれて周右衛門に根付を貸してしまう。その後、周右衛門の家に泥棒が入り、根付が盗まれたと言ってくるが、藤村たちはそれを怪しむ。

 仁左衛門が連二に会いに行き、彼の兄が黄一だとわかり、黄一に協力してもらい周右衛門を罠にはめることに。

 

「水景の罠」

 藤村は初秋亭の隣の番屋で息子康四郎が男に冷たく対応しているのを見る。その後、その男に会った藤村は男の話を聞く。婆さんしかいない水茶屋が流行っている理由を知りたいとのことだった。店を見張っていた藤村は客に腕っぷしの強そうな男たちが多いことに気づく。藤村は事情を鮫蔵に話し一緒に店へ。鮫蔵は男たちの中に海賊がいることを見つける。彼らの狙いは賭場の上がり金だった。奉行所の協力も得て、彼らは海賊たちを捕まえることに。

 

「南瓜の罪」

 句会の日、海辺で仁左衛門が死体を発見する。そばにはなぜかかぼちゃが落ちていた。康四郎が死体の身元を調べるうちに、女を騙す詐欺師だったことが判明する。いくつもの偽名を使い寂しい女たちを騙していたのだった。

 初秋亭に八百屋の平吉が、事件以来かぼちゃが売れずに困っていると相談しにくる。藤村は鮫蔵と会い話をしている時に、最近奇妙な殺され方をした人間が何人かいることを聞く。それは例のげむげむと関係があるとのことだった。

 康四郎は聞き込みから、髪結いのおはまを訪ねる。そこで彼女から海辺で殺された男は自分の浮気相手で、殺したのは夫の熊三だと聞く。熊三はげむげむの教えでかぼちゃで男を殺すように言われたらしかった。

 男は寺男だったが、ある時人生に無情を感じ、女を騙すようになったことがわかる。

 鮫蔵は熊三を見つけるが、彼はげむげむを唱え橋から身を投げて死んでしまう。


「仙人の芸」

 初秋亭に山城屋の手代又吉がやって来て、店の若旦那の下手な義太夫をやめさせて欲しいと頼んでくる。又吉によると、大江戸仙人組という集団が若旦那を調子づかせているとのこと。彼らはやはり義太夫に凝って店を潰した若旦那たちだった。藤村たちは仙人組を調べるが、その中に若旦那風ではない怪しい男がいることに気づく。さらに仙人組が山城屋のライバルの店に話を持ちかけ金を得ていることを知り、彼らを咎める。

 若旦那も納得するが、義太夫の会を最後に開くことに。大勢の人が集まったため、店の二階が崩落してしまう。藤村はその現場で例の怪しい男を見かける。藤村は怪しい男の狙いに気づく。彼は山城屋に以前入った泥棒で床下に落し物をしてしまったため、それを取り戻すために今回のことを仕組んだのだった。

 仁左衛門の子供が生まれたと知らせが入り三人は喜ぶが、藤村は家に帰り、妻加代が家を出て行ったことを知ることになる。

 

 前作仁左衛門の店が潰れたところで終わっており、その話からスタートかと思いきや、金的狙いの町人剣術士の話題から始まり、ちょっと肩透かし。

 5編の話の中心はそれぞれの事件だが、サブエピソードとして、上記の仁左衛門の店の倒産?と息子夫婦の暮らしの変化が描かれる。さらに、シリーズ最初から登場していた俳句の師匠入江かな女と藤村との恋の話に、前作でも触れられていた藤村の息子まで絡んで進展をみせる。

 本題である事件の方は、「金的狙いの剣術」「幻の根付盗難騒動」「老婆の水茶屋賑わいの秘密」「かぼちゃで殺された男」「下手な義太夫騒ぎ」がテーマ。前作が「日常の謎系」だったのに対し、本作はその方面からは外れ、いかにも江戸時代の話っぽいものが増えた。シリーズはこの方向で進むのかしら?

 これまたシリーズ最初からその影がチラチラ見え隠れする、怪しい宗教「げむげむ」が主役の話も出て来た。これがシリーズの大テーマを担っていくのだろう。

 最後は、藤村の妻が家を出て行く、というまたもや次回作を読まずにはいられない展開を見せて終わる。その伏線は、様々な形で現れており、「寂しい女」が本作の隠れテーマだったか。

 何れにしても次回作も読まずにはいられない(笑