善鬼の面 大江戸定年組 風野真知雄

●善鬼の面 大江戸定年組 風野真知雄

 大江戸定年組シリーズの第6作。町方同心の藤村慎三郎、三千五百石の旗本夏木忠継、町人の七福仁佐衛門はそれぞれ隠居をし、息子に家督を譲った。仲の良い3人は景色の良い家を探し、そこを「初秋亭」と名付け、隠れ家とすることに。しかしただ景色を観ているだけでは飽き足らず、様々な厄介事を解決するために奔走し始める。以下の5編からなる。

 

「善鬼の面」

 小間物屋であるしまがら屋の与左衛門が初秋亭に相談に来る。与左衛門の兄与一郎は、初秋亭3人の幼馴染だった。与左衛門の息子三之助が面を被って街を歩いているという。藤村たちは三之助の後をつける。彼の被っている面が有名な面師、猿沢月斎の作であることがわかる。三之助は猿沢が誘拐されたことを怒り面を被っていたのだった。藤村たちは猿沢を誘拐した豪商の家に行くが…。

 

「幽霊の得」

 居酒屋海の牙で飲んでいた藤村たちは幽霊駕籠の噂を聞く。客を乗せるが具合が悪いとすぐに降ろされてしまう。そばにある駕籠屋を紹介してもらいその店に行くと、それは去年死んだヤツだと言われる、という話。ある宴席に出た仁左衛門が帰りにその幽霊駕籠に出くわす。仁左衛門たちは幽霊駕籠について調べ始めるが真相はわからなかった。藤村の息子康四郎は芸者の小助と付き合っていたが、小助に幽霊駕籠の話をした際、小助の話から真相を見抜く。

 

「迷信の種」

 初秋亭に矢野が夏木を訪ねてくる。彼は以前夏木の元で働いていた男だった。矢野は隠居した桑江が、毎日お浜御殿に通ってくることを相談しに来たのだった。夏来は桑江に会い話をする。桑江は悪い花の種を御殿に蒔いたのだが、詳しいことは忘れてしまい、そのことが気になっていた。夏木と酒を飲んだ桑江はそれが黄色の姫百合だと思い出す。夏木は姫百合のことを調べ、桑江が以前出世争いのため、姫百合の迷信を作り上げていたことを知る。

 

「水辺の眼」

 仁左衛門が留守を頼めれていた家に寿司屋の三八が来て、釣りをしている横で、餌もつけずに釣りをしている男を何とかして欲しいと頼む。夏木と仁左衛門は釣り場に行き男を観察し続ける。ある時夏木が男が何をしているのかに気づく。

 仁左衛門は息子の嫁おちさが作った匂い袋を油壺屋に納めに行くのに同行。そこであの男と出会い、真相を確かめることになる。

 

「創痍の鮫」

 初秋亭の3人は銭湯で名医、幸渦堂の噂を聞く。寿庵の側で開業しているというその医者のことで老人たちが口喧嘩となり、3人は幸渦堂の元へ。藤村が診察してもらい、確かに調子が良くなり、処方箋をもらう。治療費は安かったが、薬代は高価だった。夏木がその薬を調べ普通の飲み薬だと発覚する。幸渦堂のせいで、寿庵が引越しをすることに。藤村は鮫蔵のことをみてくれと頼み、寿庵は最後に鮫蔵を診にくるが、家人が戻ると慌てて帰ってしまう。康四郎は幸渦堂が昔詐欺を働いた男であることを突き止め、お縄にする。

 

 前作終わりで鮫蔵が死んだと思っていた。ところがどっこい(笑 本作1話目で、鮫蔵が寺の坊主助けられ行きていることが判明する。しかしそこで描かれる姿は以前の鮫蔵のものではなく、記憶喪失のような状態だった。

 メインとなる事件は、「仮面をかぶって街を歩く若者」「幽霊駕籠の謎」「隠居した男が忘れてしまった後悔」「餌をつけずに釣りをする男」「名医と呼ばれた男の謎」。前作同様、「日常の謎系」でありつつ、いかにも江戸時代に合った話となっており、話の安定感が増したように思う。

 しかし本作は(おかしな表現だが)サブエピソードの方が中心。前作終わりで行方不明となっていた鮫蔵、生存は読者に示されるが、藤村は初秋亭の調査から外れ一人鮫蔵を探し続ける。なんとか同心時代の勘で鮫蔵を見つけるが、鮫蔵は記憶をなくしていた。

 そのげむげむ、かな女がやはりげむげむを信仰しているらしいことも明かされ、前作終わりで鮫蔵が呟いた「あの男が、」というその男の正体も寿庵らしいと明かされる。その寿庵の娘おようの話が明らかにされ、本作は終了。

 もう一つ。本当の意味でのサブエピソード。前作で藤村の息子康四郎が、前に夏木と付き合っていて袖にされた芸者の小助と付き合い始め、結婚まで考えるが、その相談に夏木に会いに行く。小助は夏木の顔を見て、康四郎と別れる決心をするが、この場面の後での初秋亭での夏木の表情がなんとも言えずに良い。本シリーズで最高の見せ場かもしれない。

 さて、げむげむの話もクライマックスを迎えそう。次回作でいよいよ決着がつくか。