寒の辻 北町奉行所捕物控 長谷川卓

●寒の辻 北町奉行所捕物控 長谷川卓

 裏表紙内容紹介より

 大店の手文庫ばかりを狙う手練の盗賊・闇鴉。北町奉行臨時廻り同心・鷲津軍兵衛は、闇鴉を捕えるべく中間、下っ引きを伴い、探索をしていた。だが、そんな軍兵衛たちを嘲笑うかのように、再び闇鴉は薬問屋に忍び込み、追っ手をまいて逃げてしまう。一方、若侍からの嫌がらせで、職を失ってしまった浪人・津田仁三郎は、偶然出会った軍兵衛に助けられる。だが、若侍の執念深い復讐の魔の手が、何度も津田を襲い、やがて、とり返しのつかないことになってゆくのだが…。書き下ろしで贈る好評の軍兵衛シリーズ、第六弾。

 

 北町奉行所同心鷲津軍兵衛が、同僚の同心や岡っ引や下っ引と共に事件を解決していくシリーズの第6作。以下の5章からなる長編。

 「竹河岸界隈」「明屋敷」「三本杉」「柳原土手」「豆松」

 

 江戸の町で闇鴉と呼ばれる盗賊が現れる。その手口の良さや仕事ぶりから庶民は喝采を送る。闇鴉を見つけるために鷲津たちは見回りをしている時に、浪人と若侍のいざこざを目撃する。力仕事をする浪人を若侍が揶揄い一触触発の状態に。そこへ古傘買いの男が助っ人として現れ、浪人は若侍やお供を叩きのめす。鷲津は、浪人津田と古傘買い麻吉と言葉を交わす。

 闇鴉が仕事を失敗したところを小宮山が発見、手下たちと追うが闇鴉が事前に仕掛けた罠にかかり取り逃がしてしまう。逃げた闇鴉の正体は麻吉だった。

 鷲津は口入屋で津田と出会う。若侍との一件で仕事を失った津田は新たな仕事を探していた。その後居酒屋でも津田と出会う。その頃麻吉は夜鷹のお袖と出会っていた。

 津田は口入屋の仕事で一緒だった乙吉の家を訪ねる。乙吉は死んだ娘が残した幼い一人娘種の面倒を見ていた。津田は種のことを気にかけていた。その津田が口入屋で手に入れた請状を落とすが、それを鷲津の息子周一郎が拾い二人は知り合う。それを見ていた豆松は自分が先にそれを見ていたのにと悔しがる。そんな豆松を見ていた麻吉は、豆松の親矢太に意見をする。

 若侍副島彰二郎のお供の坂井田は津田が仕事をしているのを見つける。彰二郎は先日の復讐に津田に襲いかかるが、またも返り討ちにあう。これが理由で仕事をクビになった津田は辻強盗をしてしまう。

 鷲津は辻強盗にあった大黒屋から話を聞く。財布の中にあったお守りの大黒様の彫り物だけは取り返して欲しいと言われる。

 その頃彰二郎のお供のものが街中で津田の姿を見かけ拉致する。頼んでおいた道場主の篠原らはその男を明屋敷へ連れて行くが、男が逃げようとしたため斬ってしまう。しかし彰二郎はその男が津田ではないと確認する。現場を目撃していた町人がいたが彰二郎たちは他言無用だと話す。しかしそれら全てを見ていた卯三郎がいた。

 明屋敷に死体があると報告を受けた鷲津は卯三郎から事情を聞く。そして居合わせた町人が欽治だと判明する。殺されたのは杉山という浪人だった。それを口入屋から聞いた津田は、杉山の妻女のために金を稼ごうとし、口入屋から蛇骨の清右衛門を紹介される。津田は清右衛門に会いに行くが、仕事は断られる。津田はお種のために朝鮮人参を買う店を紹介してもらう。津田が出て行った後へ鷲津が清右衛門を訪ねてやってくる。鷲津は津田が訪ねてきた理由を聞き、大黒屋が盗まれた大黒様の彫り物を探すように清右衛門に頼む。

 奉行所明屋敷番頭頭である伊賀者の柘植が訪ねてくる。杉山の一件の確認に来ていたのだった。鷲津は屋敷内を調べさせて欲しいと頼むが断られる。

 鷲津は欽治から杉山を斬った侍の刀が三本杉だったことを聞く。鷲津は妹尾に三本杉のことを聞きに行き、御試御用の山田に会いに行く。そしてその持ち主として普請奉行副島家の名前が上がる。鷲津たちは彰二郎の屋敷を見張り始める。

 津田は殺された杉山の葬式に出て妻女に金を渡そうとするが断られる。しかし翌日妻女は自害してしまう。それを聞いた津田はショックを受ける。

 市中見回りをしていた加曽利が怪しい男を見かけ、柳森稲荷の森の中で罠を見つける。宮脇の調べで闇鴉が罠を仕掛ける場所を予想していたのだった。その日の夜、柳原一帯を厳重に見張ることとなった。鷲津は麻吉が深夜に現れて驚く。そして南町と一緒に麻吉を捕らえようとするが取り逃がしてしまう。麻吉は夜鷹のお袖に匿ってもらっていた。諦める南町だったが、鷲津は翌早朝必ず麻吉が現れると踏んで現場で見張りを続け、麻吉を捕らえる。

 その頃彰二郎たちはまだ津田への復讐を諦めていなかった。副島家が目をかけている篠原道場の篠原たちを仲間に加えその機会を狙っていた。鷲津は家で周一郎と話をしていた際に、息子が津田と知り合っていたことを知り、さらに津田が大黒様の彫り物を持っていたことを聞く。早速津田を探しに行くが、津田は乙吉の娘お種の葬式に参列していた。彰二郎たちもそのことを知り、津田に果し合いを申し出る。お種も亡くなり無常を感じていた津田はそれを受け入れる。

 手下たちが津田の居場所を突き止めるが、既に果し合いは始まっていた。鷲津は彰二郎たちを斬るが、津田は深手の傷を負っていた。最後に津田が杉山の仇である篠原を斬って捨て、そのまま死んでしまう。

 

 前作に続く第6作。前作と異なり、本シリーズの特徴と同じ二つの事件が並行して描かれる。麻吉こと闇鴉の一件と、浪人津田の物語。二人とも初登場シーンから悪人としては描かれず、読者から見れば善人と思える人物として描かれる。

 「鬼平犯科帳」で言うところの本流の盗人である闇鴉。犯さず、殺さず、貧しいものからは取らず、と守る盗賊であり、豆松との関わりでは人の良さが滲み出るような人物。夜鷹のお袖との会話から悲しい少年時代も伺える。そのためか、捕縛場面もあっさりとして終わる。

 津田の物語でも同様。口入屋で知り合った乙吉の娘お種を気遣い、色々と差し入れたり、朝鮮人参のためにヤバい仕事にまで手を出そうとする。同じように自分と間違われて殺された杉山の妻女のためにも尽くそうとするが、妻女は自害。お種も病死してしまう。お種に自分の娘の面影を見ていたことも描かれる。辻強盗もしてしまい、悲劇的な結末が予想されたが、鷲津たちに捕まえるわけではなく、執拗に復讐を狙う彰二郎一味と刺し違える形で終わる。

 どちらも悲しさを感じるエピソードだった。サブエピソードとしては、軍兵衛の息子周一郎がいよいよ同心への一歩を踏み出す。あまり見せ場はないが、津田との関わりで顔を出すあたりは、さすがに著者の上手さを感じさせる。蕗もワンシーンだけ?の登場。

 サブエピソードで言えば、蛇骨の清右衛門。津田との会話も良かったが、その直後に訪れた鷲津との会話はさらに良かった。

 途中に二度ほど登場し少し首をひねった登場人物の豆松。ラストがこの少年で終わるとは思わなかった。悪人を描く時代小説は多々あるが、その少年期、もっと言えば悪の道へ踏み出すその一歩を描いたものはあまりないのではないか。その豆松と周一郎が既に巡り合っているのも、先々への伏線なのだろうか。続編も楽しみである。