本所おけら長屋 十九 畠山健二

●本所おけら長屋 十九 畠山健二

 

「ほろにが」

 絹問屋志摩屋の箱入り娘、お静に縁談が持ち込まれる。神田相生町の富来屋(とぎや)の半次郎が相手だと両親が話をしているのを聞いたお静は、見合いの前に相手に会っておきたいと考える。しかしお静が会いに行ったのは、相生町赤松長屋に住む、研ぎ屋の半次だった。半次は「早呑み込みの半次」として有名なそそっかしい男だった。

 お静は半次の嫁になるかもしれない女だと自己紹介する。半次は3日前棟梁に嫁を紹介すると言われており、その女だと勘違いする。お静は貧乏暮しをする半次の生活を珍しく眺め、春画を観てもなんだかわからなかった。半次は三祐にお静を連れて行き、万松たちに会わせる。家に帰ったお静は両親から縁談の話を持ち出され即答でOKを出す。

 半次は棟梁に礼を言うが、棟梁はそんな女は知らないと答える。お静は見合いの場で自分の知っている相手の半次ではないと話し、春画を見せる。事情を半次から聞いた万松はお静の勘違いを調べ上げる。お静に惚れかけていた半次だったが、事情を悟り家に来たお静を嘘を言って追い返す。

 

「ぜんあく」

 帯問屋鶴屋の主人伊太蔵の元へ又右衛門夫婦と娘が訪ねてくる。伊太蔵は大坂での修行時代、又右衛門に世話になっており、その恩返しができると大喜びする。しかし又右衛門一家は伊太蔵の家に止まり続け、金を借り、鶴屋のツケで飲み食いもする。

 鉄斎は三祐で万松たちに料理屋で隣にいた客たちが話していた話をする。その客は又右衛門一家で、又右衛門は番頭に騙され店を潰しており、これからは人を騙して生きると話していたというのだった。その又右衛門たちが鶴屋に帰っていったと鉄斎が話すと、松吉が鶴屋は店のお得意だと話し、少し調べてみると言い出す。

 松吉は又右衛門一家のことを調べ上げる。鉄斎と万松は鶴屋に事情を説明しに行き、又右衛門が改心するために一芝居を打つことを伊太蔵に了承させる。

 伊太蔵は店が借金で潰れそうだが、又右衛門一家のためにさらなる借金をし、さらに娘も借金のカタに売らなければならない、という話を又右衛門一家に聞かせる。又右衛門一家は、伊太蔵から借りた金で大坂に戻り、何としても借りた金を返すという手紙を置いて大坂へ帰っていく。

 

「せんべい」

 八五郎の妻、お里は仕事帰りにいじめにあっていた子供を助ける。怪我をしていたため手ぬぐいを渡そうとするが、武士の子として施しは受けないと言われてしまう。それでも手ぬぐいを渡し中に煎餅が入っていると話すと、その子供は後で返しに行くので住まいを教えてくれと言うので、お里は答える。

 浪人大友平太郎が息子倫太郎をつれ八五郎の家に手ぬぐいと煎餅を返しにくる。八五郎はたかが煎餅一枚と話し受け取らないと答えるが、平太郎はそのまま帰ってしまう。八五郎は三祐で万松に相談、煎餅一箱を平太郎に返すことに。すると今度は煎餅3箱が返されてくる。話を聞いた万松、万造が大谷を訪ねてきた木田屋の連れから酒と重箱を盗みとってきて、平太郎の家に届ける。平太郎は八五郎を呼んで欲しいと言ってくる。斬られる覚悟で平太郎の家に行った八五郎だったが、平太郎は八五郎に謝罪をし、酒を一緒に飲もうと話す。機嫌を良くした八五郎は平太郎と酒を飲み、平太郎が浪人となった経緯を聞く。

 そこへ万松がやってくるが、平太郎が倒れてしまう。彼は重い病気で酒など飲めない体だった。聖庵のところで治療をしてもらった平太郎だったが、やはり先が短いと診察される。八五郎は平太郎の望みである倫太郎の剣術修行を鉄斎に頼む。平太郎の看病をしていたお満は、平太郎が八五郎の言葉が嘘だとわかったが嬉しかったと話す。それを聞いた万松たちは、鉄斎に相談、鉄斎は黒石藩江戸家老の工藤を連れ平太郎に会いに行き、倫太郎は黒石藩で預かると話す。その夜安心した平太郎は亡くなる。八五郎は平太郎の墓を参り、煎餅一枚を墓に供える。

 

「はりかえ」

 三祐のお栄は若い娘の相談に乗りそれが評判となり、何人もの若い娘がお栄に会いにくるようになっていた。松吉の家に義姉お律が訪ねてきて、松吉にお栄とのことをちゃんと考えるように話す。松吉は万造にお栄の母親お登美のことを話す。お登美は夫の死後、花房屋という提灯屋の主人、直次郎の妾となり息子庄吉を産んだが、本妻が亡くなり直次郎の正妻となった。その際お栄はお登美と一緒にはならず叔父である三祐に身を寄せたのだった。

 松吉はお栄とお登美を会わせようとし、花房屋へ。しかしそこでお登美は姑お申にいじめられていた。お申は孫となる庄吉だけを可愛がっていた。事情を知った松吉は三祐で皆に相談、万造たちは一肌脱ぐことに。皆で花房屋へ行くが、庄吉がお申を刺してしまっていた。同行していたお満がお申を治療、幸い命に別条はないことを知った皆は、眠り続けるお申の耳元で一芝居を打つ。気がついたお申は心を入れ替え、隠居をし店を息子夫婦に譲ることを決める。

 松吉とお栄の結婚を皆で祝うことに。その場にお登美と庄吉もやってきてお栄との再会を果たす。長屋の皆や仲間たちが集う中、松吉とお栄の結婚式が始まるが、いつも通りの大騒ぎが始まってしまう。

 

 シリーズ19作目。4話の構成はいつも通り、人情噺3、滑稽噺1といった感じ。

 

 「ほろにが」はおけら長屋の仲間の一人、半次が珍しくモテる話。大店の箱入り娘が見合い相手と勘違いして半次の元へ現れ、見知らぬ世界に魅了され、半次に惚れてしまう。お静の勘違いっぷりが可笑しく、まさにおけら長屋の真骨頂。しかし万松の調べで見合い相手を勘違いしていると知った半次が、男気を見せ、無理無理にお静を振ってしまう展開は切ない。ラスト、半次が三祐で言う「ここには目に見えないものが、たくさんあるらしいんだが…」は泣かせるセリフだった。

 「ぜんあく」は珍しく鉄斎が厄介ごとをおけら長屋に持ち込む話。番頭に騙され店を失った男が生き方を変え人を騙して生きていこうとするが、長屋の皆で見事にその裏をかく。人情噺の定番とも言えるストーリー。ただ、どうするかを皆で考えている時にお栄が言う「おけら長屋っぽくないっていうか…」はメタ的な発言であり、読者の気持ちそのもの。登場人物にこれを言わせるのには、ちょっと違和感を感じてしまった。

 「せんべい」は江戸っ子の気質そのもののような展開でスタート。しかし八五郎が打ち解けた相手は、病気で余命いくばくもない浪人。浪人唯一気がかりとするその息子の行く末を黒石藩の力も借りて解決する。これも70年代のTV時代劇であったような定番の展開。

 「はりかえ」はとうとう松吉とお栄が結ばれるめでたい話。しかし一筋縄ではいかず、お栄とその母親との確執が明かされ、長屋の皆で母親に会いに行くが、そこで大事件が。閻魔大王の芝居は、まさにおけら長屋らしい解決法。姑があっさり心を入れ替えるのもこの手の人情噺ならではの展開。

 

 1話4話は、いかにも「らしい」話だったが、2話3話のあまりに定番すぎる展開が気になってしまった。同時に読んでいた「みをつくし料理帖」シリーズの出来が素晴らしすぎたこともあるが、本作はおけら長屋のシリーズとしてのパワーが少し弱まってしまったように感じた。

 松吉お栄が結婚し、次は万造お満の順番だが、そろそろシリーズも終わりに向けて動き出したのだろうか。「みをつくし」シリーズの完結編を読んだばかりの身としては、このシリーズまで完結となるのはあまりに惜しい。次作でのパワー復活を望む。