江戸戯作草紙 棚橋 正博

●江戸戯作草紙 棚橋 正博

 江戸時代、戯作者山東京伝の5作品の原文と原文の解説を紹介している。その他、戯作や黄表紙に関するコラムなど。

 5作品は、以下の通り。

 

箱入娘面屋人魚(山東京伝=作・北尾重政=画)

 浦島太郎が鯉の「お鯉の(おりの)」と浮気をし子供が生まれる。人間と魚の子供なので人魚。乙姫にバレるのを恐れた浦島はその人魚を捨てるが、漁師平次の船に拾われる。人魚は金のない平次のために女郎になるが、女郎屋は人として客を騙そうとして失敗。人魚は平次の元へ帰る。人魚を舐めると寿命が延びるという噂が立ち人魚は人気者に。平次も人魚を舐めるがどんどん若返り子供となってしまう。そこへ浦島とお鯉のがやってきて、玉手箱を与える。平次がそれを開けると元の年齢に戻り、人魚も一皮向けて人間となる。その抜け殻を売って夫婦は大金持ちとなる。

 

九界十年色地獄(山東京伝=作・鳥居清長=画)

 著者京伝が遊郭の世界のことを話す。女郎の生活を八大地獄に見立てて紹介。


人間一生胸算用(山東京伝=作画)

 京伝が金持ちである商人、無名屋無次郎の体内に入り、耳、目、口、鼻、心などがどのようにして人間をコントロールしているかを見物する。司令塔だった心を気が追い出し好き勝手に振る舞うなど騒ぎを起こす。


桃太郎発端話説(山東京伝=作・葛飾北斎=画)

 昔話桃太郎の前日譚。鳥屋をしている正直者の老夫婦が藤原実方を助ける。実方は雀となるが子供に捕まってしまう。それを正直者の老夫婦が助け育てる。雀は隣の慳貪(ケチで強欲)婆の洗濯糊を舐めてしまい、舌を切られてしまう。雀は海に入り蛤となる。雀の両親が雀を探し出し助ける。雀のお宿を訪ねた老夫婦は両親雀から葛籠をもらう。それを見た慳貪婆もお宿に行き葛籠をもらうが、中には鬼が入っていた。その鬼たちは鬼ヶ島へ行ってしまう。金持ちになった老夫婦は店を辞めることにし、店にいた猿、雉子、犬を解き放つ。鬼とともに鬼ヶ島に行った慳貪婆は老夫婦の家に鬼達とともに行き、財宝を盗むことに。財宝はおにが盗むが、慳貪婆は犬に噛み殺される。貧乏に戻った老夫婦の元へ藤原実方がやってきて、明日桃を授ける、その桃で若返り一子をもうけ、その子がお供を連れ鬼ヶ島に行き財宝を取り戻すだろうと予言する。そして昔話桃太郎の話に繋がる。


御誂染長寿小紋山東京伝=作・喜多川歌麿=画)

 生物の命の長さに関する話。神様が全ての生物の命の勘定をしている。命を伸ばすにはどうすれば良いのか。命と金の関係は。命を削る行いとは。命の洗濯は高くつく。命懸けの恋。命と忠義。命あっての物種。笑いが長命の薬、など。

 

 実際の戯作のページが掲載され、原文、挿絵はもちろん見ることができ、説明を兼ねた解釈文もあるため、素人でも書かれた内容を理解することができるようになっている。

 2話目「九界十年色地獄」と5話目「御誂染長寿小紋」は、遊郭と寿命に関するガイド本のよう。

 3話目「人間一生胸算用」は江戸時代の「ミクロの決死圏」か(笑 ただこちらは体の部位が反乱を起こすというもの。普段ケチな心を追い出し、贅沢三昧をするその他の部位の行動が可笑しい。

 1話目「箱入娘面屋人魚」は、見事なSFファンタジー。あの浦島太郎が浮気をして子供をもうけるが、その子供が人魚。しかもその人魚が人間世界に現れ、漁師の妻となったり、女郎になったり。最後は金持ちになり幸せな生活を送る。

 

 しかし最も出来が良いのは4話目「桃太郎発端話説」だろう。昔話桃太郎の前日譚の形をとり、桃太郎のエピソードがなぜああなったかを説明している。

 鬼ヶ島にあった財宝は元々老夫婦のものであったこと。その財宝は老夫婦が助けた藤原実方が雀に化けた際の両親雀からお礼としてもらったということ。桃太郎のお供となる猿、雉子、犬は元々老夫婦が営んでいた鳥屋(ペットショップ)にいた動物たちであったこと。雀を助け財宝を老夫婦が手に入れるエピソードは丸々舌切り雀のエピソードであったこと(笑 など、実によくできている。現代でもマンガやコントなどで使われそうな話の展開である。

 

 元々、ここ2ヶ月ほどハマっていた「みをつくし料理帖」に登場した清右衛門の職業である「戯作者」を調べていて知った本だったが、江戸時代にこんなに面白い本があったとは。絵と文章で見せる形は、まさに日本のマンガの原点である感じがするし、内容もSF、ファンタジー、パロディなど、現代の流行を先取りしていると言って過言ではない。

 原本のト書きやセリフなどを現代語に訳し、絵の中に入れたものを作ればもっと読む人が増えるのではないだろうか。ただ、多用されるダジャレなどは、その背景がわからないと(本作では解説してくれている)笑えないものが多いのが玉に瑕だが。

 

 「みをつくし料理帖」のおかげで一つ勉強になった感じ。