まあだだよ

●769 まあだだよ 1993

 学校の教室に教師、内田百閒がやってくる。彼は生徒たちに自分が書いた文で稼げるようになったため教師を辞めると告げる。生徒の中の1人が自分たちや自分たちの親は先生から大事なものを教わったと話す。生徒たちは仰げば尊しを百閒のために歌う。

 昭和18年、教え子たちの手助けで百閒は引越しをする。教え子たちの慰労のためソバをご馳走している時、百閒はこの家に泥棒が入らない手立てを考えたと豪語する。その夜、教え子たちが百閒の家へ侵入するが、「泥棒入口」や「泥棒休憩室」などと書かれた紙を見て驚く。

 引っ越しが終わったことを記念して百閒の家で百閒の還暦を祝う宴会が開かれ教え子たちが集う。百閒は彼らのために鹿肉とともに馬肉を用意しその時のエピソードを語る。教え子たちはここでも仰げば尊しを歌い、百閒は涙する。

 しかし空襲で百閒の家は焼けてしまい、夫婦で貧しい小屋で生活することに。教え子たちはそんな百閒のことを心配するが、百閒は鴨長明を見習いここも楽しいと話す。教え子たちは第1回摩阿陀会を百閒のために開きたいと話す。夫婦はその小屋で暮らし始める。

 やがて第1回摩阿陀会が開かれる。大勢の教え子たちが参加、会は盛り上がり百閒の掛け声でオイチニの薬屋さんをすることに。さらに会は盛り上がりを見せる。会の最後には教え子たちにより葬式の真似事がなされ、教え子たちから「まあだかい」の問いかけが百閒に掛けられ、百閒は「まあだだよ」と答える。

 教え子たちの協力で百閒の新しい家が完成する。新居にはノラという野良猫まで住み始める。教え子たちがやってきた時、新居の向かいの土地を買おうとする男がやってくる。男は境界ギリギリまで使い3階建ての家を建てるつもりだと話すと地主はそれでは百閒の家に日差しがなくなってしまうと文句を言い、地主は土地を売ることを拒む。それを聞いた教え子たちは百閒に内緒でその土地を購入することを決める。

 百閒の家からノラがいなくなり先生が元気をなくしたと連絡が入る。教え子たちは百閒に会いに行くが、ノラがいなくなり百閒は食事もせず悲しむばかりだった。教え子たちはノラを探し始めるがなかなか見つからない。百閒はノラについての文章を書くほどノラを愛していた。百閒は小学校の校門でノラ探しのビラを児童たちに配る。それにより連絡は多くもらうことができたが、ノラは見つからなかった。

 しかしノラが見つかったと連絡は入る。大喜びする百間。近所の人たちもお祝いを持って駆けつける。教え子たちも連絡をもらい百間の家へ行くが見つかったのはノラではなかった。そんな時百閒の家の庭に黒い子猫クルツが迷い込んでくる。百閒の妻はノラのためにもらった小アジを子猫に与える。

 しばらくして教え子たちに、子猫のおかげで百閒が元気を取り戻したと連絡が入る。百閒は迷惑をかけたことを謝罪し、「因幡の白兎」の歌を歌う。

 そして年月が過ぎ、ノラとクルツは亡くなる。第17回摩阿陀会が開かれる。途中会は百閒の喜寿のお祝いとなり、教え子たちの娘や孫たちにまで百閒はお祝いされる。孫たちに百閒はメッセージを送る。その後百閒は倒れてしまう。皆が心配するなか、主治医や教え子たちが百閒を家まで送る。

 家で休んだ百閒に安心した教え子たちはその隣の部屋で酒を酌み交わし始める。その時百閒が「まあだだよ」と寝言を言う。百閒は少年時代のかくれんぼをしている時の夕焼け空の夢を見ていた。

 

 

 黒澤明監督の遺作と紹介されていたので迷うことなく鑑賞。がその内容に少し驚いた。1人の男性のこんな平凡?な半生を描いたものが黒澤明監督の作品とは。

 内田百閒についても全く知らないので、そのユーモア溢れる精神に驚いたが、映画はその百閒の晩年の人生を淡々と語るのみ。特に前半は百閒が語ったであろうユーモアのある言葉を会話で見せ続ける。泥棒撃退の方法、馬肉を購入した際に見かけた馬の様子。劇中の教え子たちほどは笑わなかったが、確かにこの時代にしては現代にも通じるセンスの持ち主だったようだ。

 映画は中盤以降、飼い猫となったノラ探しに焦点が当たる。ノラがいなくなり憔悴する百閒のために動く教え子たち。百閒本人もビラを配るなどノラ探しに奔走、やっと見つかったと思われた猫もノラではなかったとわかる。そして百閒の妻が可愛がる黒い子猫。これによりノラ探しのくだりは終わる。

 そしてラスト。17回目の摩阿陀会。教え子たちの孫たちに百閒が送るメッセージ。ここ10年、20年、よく聞かれるようになった若者や子供に対する大切なメッセージがここでも示される。

 

 うーむ。黒澤明監督は何を描きたかったのだろう。よくわからなかったが、百閒とその周りにいた人々の品格のようなものかなぁ。教え子を愛する師、その師を敬愛する教え子、ノラが見つかったことを喜ぶ近所の人々、百間に迷惑がかかるからと言って土地を売ることを拒否した地主。90年代前半に製作された本作、バブル時代の醜い日本人を見て、監督が古き良き時代の日本人を描きたくなったのかなぁ。

 

 映像的には、第1回の摩阿陀会で描かれたオイチニ薬屋の歌と踊りが圧巻。さらにその会で雑然とした状況となった人々の様子も。

 これは黒澤明最後の3部作らしいので、他の作品も観なくちゃ。