●778 男はつらいよ 純情篇 1971
何度も見ている寅さんシリーズ、いつものスタイルではなく、ざっくりとしたあらすじと見せ場を一緒に。
冒頭、OP前
夜汽車の中の寅さんの1人語りで始まる。同席した赤ん坊を笑わせた後、缶ビールを飲もうとするが、缶を開けた時に泡が飛び出て周りの乗客にかかってしまう。
故郷を思う寅さんの一人語り。故郷は本作前半のテーマである。
OP
定番とは異なり、空からの空撮。江戸川から帝釈天と移っていき、帝釈天で終わる。
旅先の寅さんととらや
OP最後の帝釈天の映像がそのままTV画面へ。TVで柴又が紹介されており、旅先の飯屋で寅さんがそのTVを偶然見かけることに。御前様、とらやのおいちゃんおばちゃん、さくらと満男まで映る。とらやでもその番組を見て大喜びしていたが、さくらがお兄ちゃんも見ていたかしらとつぶやく。そこへ寅さんから電話。博が出て寅さんが山口にいることがわかるが、10円玉が切れ、さくらとは話ができないまま電話が切れてしまう。
空撮のOPは珍しいが、その後のTV番組へと繋げるための手段だったか。旅先で柴又のことをTVで見た寅さんがとらやへ電話。見事なタイミングで電話がかかるのは、シリーズの特徴である。
長崎の寅さん
寅さんは九州に渡り長崎へ。そこで五島行きの連絡船が出るのを待っていたが、同じように海岸にいた赤ん坊を抱えた女性を見かけ声をかける。するとその女性絹代から宿代を貸して欲しいと頼まれることに。寅さんは絹代と同じ宿を取り、絹代からダメな亭主から逃げてきた話を聞く。絹代の宿代も持つと宿の女中に話す寅さん。それを聞いた絹代は自分の体で埋め合わせしようとする。それを知った寅さんは、絹代と同じ年頃の妹がいること、もし妹のことをたかだか2000円程度の宿代でなんとかしようとする男がいたらその男を殺す、と絹代に話す。
寅さんの優しさと怖さを見せる名シーン。寅さんが真顔で人を殺す、と話すのは長いシリーズの中でもここだけだろう。冒頭の一人語りで妹のことを話していたのが、ここでも効いてきている。
五島の絹代の実家
寅さんは絹代とともに五島へ。船の中で商売仲間と合流した寅さん。五島へ着くと絹代が迷っている姿を見て、仲間を先に行かせ、絹代に話しかける。絹代は駆け落ち同然で家を出たため帰りにくいと話す。寅さんは仕方なく一緒に絹代の実家までついて行くことに。連絡船に乗り二人は絹代の実家へ。そこには絹代の父千造が待っていた。寅さんは二人だけで話し合いをさせるため気をきかして街へ。夕暮れ時になり、寅さんは絹代の家へ戻るが、千造は絹代に男の元へ帰るように話していた。故郷があるという甘えがあるからダメなんだと話す千造、それを聞いていた寅さんは自分自身のことととらえ、もう柴又には帰らないと宣言するが、すぐにやっぱり帰りたくなっちゃうと話し、家を飛び出して行く。
ここでも故郷がテーマ。故郷があるから、いつでも故郷に帰れると考えているから、という千造の話を自分のことだと考える寅さん。シリーズでは寅さんが柴又に帰ることは当たり前となっているが、第6作である本作では、まだそれを甘えだと考える寅さんだった、ということか。
千造役は森繁久弥。シリーズでは大物俳優が出演することは珍しくないが、渥美清さんが尊敬していた森繁さんと共演できたのは嬉しかったのではないか。
とらや 寅さん帰京
とらやでは年末の忙しくなる時期を前にお手伝いの女性、夕子を雇っていた。彼女は夫と別居がしたいと考えており、夕子に寅さんの部屋を一時的に貸すことにしていた。その夕子があまりに美人であり、それを知ったタコ社長とおいちゃんは寅さんが帰ってきたら事件になると心配していた。その時店に寅さんが現れる。あまりのタイミングの良さに二人は寅さんによそよそしい態度をとってしまい、寅さんに怪しまれる。寅さんが2階の自分の部屋へ行こうとしたため、おいちゃんは仕方なく下宿人を取ったことを白状する。それを聞いた寅さんは旅に出ようとし二度と帰ってこないと宣言するが、そこへ買い物に行っていた夕子が帰ってくる。寅さんはどうしたら良いかわからずにいたが、そこへさくらがやってきたため、とらやに残ることに。
寅さんがマドンナと遭遇するいつものシーン。可笑しいのは、夕子との遠縁のこと。おばちゃんが説明するのだが、おばちゃんにとって夕子は「従兄弟の嫁に入った先の主人の姪」だそう。もうほとんど他人(笑 それでも夕子が小さい時に一度会っているとおばちゃんは話す。昔は親戚付き合いが多かったから、こんなこともあったのだろう。
ここでも名シーンがある。自分の部屋を下宿人に貸したことを知った寅さんが啖呵を切ってとらやを出て行こうとするが、ここであの有名な「つばくろさえも…」のセリフが登場する。何かの本で読んだ記憶があるが、渥美さんがリハーサルでツバメを「つばくろ」と言ったため現場は大爆笑だったそうだ。
夕子の病気騒動
寅さんは夕子を帝釈天に案内する。そこで坊主となった源ちゃんに遭遇。博の家では博が父親に借金申し込みの手紙を書いていた。博は印刷機械を安く入手し会社から独立することを考えていた。
翌日夕子は体調を悪くし店を休んで寝ていることに。皆は疲れが出たので寝かせておけば大丈夫だと考えていたが、寅さんは大騒ぎをし医者を呼ぶ。医者も疲れによるものだと話すが、寅さんは医者が夕子のことを美人だと話したため怒ってしまう。その頃とらやに向かっていたさくらは、帝釈天で源ちゃんが寅さんの恋をバカにして話しているのを目撃してしまう。
夜になり回復した夕子のために寅さんはお風呂を沸かす。夕子が入浴し寅さんは気もそぞろに。おいちゃんに何を考えているかと言われテレてしまうがそれがきっかけでケンカに。それを見ていたさくらは呆れて家に帰ってしまう。おばちゃんに言われ寅さんはさくらのあとを追う。さくらから夕子はお兄ちゃんに関係のない人だと言われ、寅さんは頭ではわかっているが気持ちがついてきてくれないと愚痴り、柴又に帰ってきてしまう気持ちを話す。それを聞いたさくらは笑い出してしまう。
寅さんがマドンナが病気だと騒ぎ出し医者を読んでしまう。この医者が松村達雄さんで、後の9作目から2代目おいちゃんとなる。ここでの医者役も、夕子を美人だと言ったり、どこを見たんだと寅さんに問われ、おっぱいを…と白状してしまったりと、ちょっとおかしな医者を演じている。この医者が終盤ある重要な?立場となる。ということはこの夕子の病気騒動はそのための伏線だったのかしら。
ここでさくらを追いかけ寅さんが謝るシーンが出てくるが、寅さんが頭で考えていることと気持ちが違ってしまうということを柴又へ帰ってきてしまう例えで話すのだが、それを聞いたさくらの笑いは演技ではないように思える。心の底から寅さんのセリフに笑っているように感じるがどうだろう。
博の独立騒動
寅さんは商売の取材を受けていた。とらやは夕子が店員となり印刷工場の若い従業員たちがとらやで昼飯を食べ始める。そんな中、タコ社長が博が独立するという噂を聞きつけ慌てて帰ってくる。タコ社長は博に辞められたら工場は倒産してしまうと嘆く。その夜、寅さんはさくらの家へ行き話を聞く。独立したい博とまだ早いと考えるさくら、寅さんは博の人生は賭けだという言葉に感動し、自分がタコ社長に口を聞いてやると言って飛び出す。タコ社長の家へ行った寅さんだったが、タコ社長からどうにか博の独立を考え直すように言って欲しいと頭を下げ懇願されてしまう。寅さんは仕方なくそれも引き受けてしまう。
翌朝、タコ社長がとらやでまだ寝ている寅さんに説得してくれたかと聞きにくる。まだ眠い寅さんは大丈夫だと答える。その後博もやってきて同じように聞くが寅さんはやはり眠いため大丈夫だと答えてしまう。安心して工場へ行った博とタコ社長。お互いの要望が通ったと勘違いしてしまい、タコ社長は今晩祝いの席を設けると皆に宣言する。
夜、とらやに朝日印刷の皆が集まり芸者まで呼んで宴会となり、寅さんも同席する。寅さんは博とタコ社長に博が辞める辞めないの話をさせないようにしていたが、とうとう博が会社を辞めると皆の前で話してしまう。驚いたタコ社長は寅さんに詰め寄る。博も事情を察しとらやから出て行こうとするが、さくらがそれを止める。そして博の父から来た手紙を見せる。そこには80万の金は貸せないと書いてあった。さくらは博に社長に謝るように言い、博もそれを受け入れ社長に謝罪し、博の独立騒動は終わる。それを見ていた夕子は涙ぐみ2階の部屋へ。さくらが追いかけ事情を聞くと、夕子はここでは皆が本音で話し喜怒哀楽を出している、自分の生活ではこんなことはなかったと話す。
翌日、朝日印刷の皆は江戸川で川下りをして楽しんでいた。
本作後半は、この博の独立がメイン。寅さんが二人のために動こうとするが、結局何もせず宴会の場で全てがバレてしまう。しかし博の父親への借金申し込みが断られ、独立は夢と終わる。1971年の本作、まだまだ日本が高度経済成長期にあった時期であり、博が独立を目指すのももっともだと思われるが、この後日本の経済は停滞し始めるので、シリーズが進んでも博の独立の夢は影をひそめることになるのだろう。
宴会での一連の騒動の後、夕子が見せる涙がこの後の展開を予感させる。夫との生活を振り返り、本音で話し合いをしてこなかったことが伺える。
寅さんの恋わずらい
医者がまたとらやへ呼ばれ慌てて駆けつける。しかし患者は夕子ではなく寅さんだと知り、医者は寅さんも見ずに帰ってしまう。寅さんは自分でもどうして食欲もないのかと疑問に思っていた。さくらがやってきて寅さんを心配するが、そこへ夕子がやってくる。夕子は亭主が小説家だが稼いでおらず友人たちの家を渡り歩いていて寅さんと同じだと話す。
夜、夕飯を食べていた博はおいちゃんに寅さんは恋の病だ、相手に優しい言葉をかけられたら治ると話す。寅さんが茶の間に出てくるがやはり元気がなかった。それを見た夕子が寅さんが元気がないと火が消えたよう、元気になったらまた散歩に連れて行って欲しいわと語る。それを聞いた寅さんは途端に元気になり博の食事を奪って猛烈に食べ始める。夕子はその姿を見て安心するが、自分の言葉が影響したのかと考えてしまう。
翌日寅さんは夕子とともに江戸川へ。夕子は寅さんの啖呵売のセリフを褒めるが、その後ある男の方に好意を寄せられているが、それをお受けすることはできず困っていると相談する。もちろん寅さんのことを言っているのだが、寅さんは自分ではない誰かだと勘違い、早速そいつにハッキリ言ってやると飛んで行ってしまう。
寅さんは例の医者のところへ。そして諦めてもらいますと言い残し去っていく。なんのことかわからない医者だったが、患者に誰ですと聞かれ、わしの患者で神経を侵されてんだと答える。寅さんはとらやに帰りそのことを夕子に報告するが、おいちゃんは呆れてしまう。
これまたちょっと珍しいが、寅さんがこのタイミングで恋わずらいで寝込んでしまう。寅さんがとらやで夕子と出会って既に数日経っていると思われるが、なぜこのタイミングで?と疑問に思うが、後半の博の独立騒動も決着がつき、いよいよ映画の終盤へ向かうために仕方なしか。
さらに珍しいのは、ここでマドンナ夕子が寅さんにその好意に答えることはできないと告げること。夕食時、自分の言葉で寅さんが元気になった時点で夕子はそれに気づいたようだ。これも珍しい。結局寅さんは自分ではない誰かだと勘違いして終わってしまうのだが。
夕子の夫がとらやへ そして終盤へ
夕子の夫がとらやへ夕子を迎えにやってくる。夫の言葉を聞いた夕子は帰り支度を始める。さくらが声をかけると、今度こそ別れようと考えていたが、女って弱いわねと話す。そこへ寅さんが寺で杵と臼を借りて帰ってくる。しかし帰り支度をした夕子とその夫を見て、寅さんは夕子に幸せになってくださいと話す。夕子が去った後、寅さんは呆然としていた。そこへタコ社長がやってきて騒ぐが、それでも寅さんはおとなしく2階へ上がっていく。
夜、柴又駅。旅に出る寅さんをさくらが見送りにきていた。寅さんは16歳で家出した時にさくらが駅まで見送りにきて、おはじきを渡してくれた思い出を語る。電車がきて寅さんが乗り込む。さくらは自分がしていたマフラーを寅さんにかけ、辛いことがあったらいつでも帰っておいでと声をかける。寅さんは「故郷ってやつはよ」と言いかけるが扉が閉まってしまい何と言ったかわからなかった。
正月、とらやに絹代が夫と子供を連れてやってきていた。さくらの勧めで絹代は父親千造に電話をかける。電話を受けた千造は涙ぐむ。千造の傍らには寅さんからの年賀状が届いていた。その頃寅さんは浜名湖で初詣客相手に商売をしていた。
寅さんの夕子への想いは夕子の夫が迎えにきたことであっさりと終わる。いつもならフラれた寅さんが少し暴れるところだが、本作ではタコ社長のヒドい言葉にもほとんど反応しない。直前の恋わずらいのシーンがあったためだろうか。
その分ラストの柴又駅でのさくらとの別れは名シーンとなっている。16歳で家出した際のエピソード。さらには本作前半で語られた故郷に対する寅さんの想い。電車の扉が閉まってしまうことで全ては知ることができないが、寅さんの故郷柴又への想いが十分伝わってくるシーンだった。
シリーズ第6作。今年春に第7作のブログにも書いたが、本作もまだシリーズの形が定まっていないというか、まだ監督がいろいろなことをやろうとしていると感じる作品だった。
ひとつは、映画のテーマ。中期以降は1本の映画のテーマはひとつだったように思う。冒頭の寅さんの夢でそれを暗示し物語の中でもそのテーマに沿ったエピソードが描かれる、といったような。本作は上記したように、前半は故郷がテーマであり、後半は博の独立がテーマとなっているように2つのテーマを描いているように思う。
もうひとつは、寅さんの恋。本作のwikiに詳細が書かれているが、寅さんがシリーズの中で婚姻中の女性に惚れ込むのは本作のみ、ということらしい。これも上記したが、マドンナ夕子とすでに数日過ごしたはずなのに、本作終盤突然寅さんは恋わずらいで食欲も元気もなくなる。本人も鳥居にションベンをかけたのがマズかったか、などとトンチンカンなことを言っているぐらいに恋わずらいの自覚はないが。しかもマドンナが寅さんの好意に気づき、それとなく本人にそれを受け入れられない、とまで告白する。これもまた珍しい。7作のブログにも書いたが、寅さんのフラれ方は2通りあって、マドンナが愛する男性が現れるか、寅さんが自ら身を引くかの2パターンがほとんどだと思うが、本作は(観客からすれば、だが)寅さんはハッキリと言葉に出されフラれている。ある意味ヒドく残酷な話である。残酷といえば、冒頭絹代にかける寅さんの「そいつを殺すよ」も寅さんにしてはヒドく残酷なセリフである。
最後にもうひとつ。やはりラストの柴又駅での別れのシーン。柴又駅でさくらが旅に出る寅さんを見送るのは定番であり、本作以降も何度も登場するシーンであるが、本作では、寅さんが16歳で家出した際のさくらとの駅での別れのエピソードを告白している。これだけでも珍しいのに、さらに別れ際、電車の扉が閉まった瞬間、寅さんはまだ話し続けている。観客としては寅さんが何と言ったのか非常に気になるところだが、シリーズでこのような気の持たせ方をしたことは他にはなかったように思う。これも山田監督の試行錯誤の結果だと思う。
BS松竹東急ではもう1本放送された。こちらも楽しみである。