あの日の親子丼 食堂のおばちゃん6 山口恵以子

●あの日の親子丼 食堂のおばちゃん6 山口恵以子

 佃にある「はじめ食堂」は、昼は定食屋、夜は居酒屋を兼ねており、姑の一子と嫁の二三が、仲良く店を切り盛りしている。店の二人と客たちの中で起きる様々な出来事を描いた短編集。以下の5編からなる。

 

新年の鯖サンド

 月島に新しいパン屋ハニームーンができ、一子と二三はそれらの店に行く。するとパン屋を営む姉弟、宇佐美萌香と大河がはじめ食堂に。同じ月島にできたバー月虹にも二人は出かけて行く。一子はバーのマスターがパン屋の姉弟に似ていることに気づく。

 

偽りの白子ソテー

 はじめ食堂にタウン誌の記者高石がやってきて、店の取材の申し込みをし一子は了承する。取材が進む中、店にキャリアウーマン風な女性が来るようになる。女性は長瀬真琴と名乗り飲食店のプロデュースをしている、万里に若者の意見を聞きたいと話す。外で万里に会った彼女は、万里に新しい店のシェフにならないかと誘いをかける。戸惑う万里は一子と二三にスカウトを受けたことを話す。

 

春の押し寿司

 タウン誌の取材の一環として、一子にはじめ食堂で昔働いていた西と富永との対談が設定される。万里は長瀬と会い続け、スカウトの話も進む。そんな中、バー月虹のマスター真辺が店にやって来て、長瀬について話をする。その話に驚く一子たちだったが、家に帰って来た要が長瀬がIT実業家との不倫をしている件が週刊誌に載ることを告げる。タウン誌の高石も長瀬が手がけた店の評判が悪いことを知らせる。一子と西と富永との対談を聞いた万里はスカウトを断る決断をする。

 

負けるな、日向夏

 はなのアパレルメーカーへの就職が決まる。万里は新たなメニューを次々と開発し客にも好評だった。そんなある日店に来た客たちの様子がおかしかった。常連のワカイのOLがネットで店のことが叩かれていると教えてくれる。それは根も葉もないデタラメばかりだった。二三は元警官の後藤と警察に行くが警察は動いてくれそうになかった。若者4人が店に来るがネットの噂を見た野次馬だとわかる。その時人気ブロガー当麻が店に来てその客にはじめ食堂の素晴らしさを訴える。当麻の記事も出てネットの騒ぎは収まるが、嘘記事は長瀬が書かせたものだと判明する。

 

あの日の親子丼

 平成から令和になるのを祝って店で会を開き常連たちが集まる。GWとなり店は休業。一子と二三はバーへ行く。そこで真辺から墓じまいをすると聞かされる。GWあけ、店では親子丼が人気となる。夜、パン屋の宇佐美姉弟がやって来て親子丼にまつわる思い出を話す。後日真辺が店に来ている時に宇佐美姉弟がやって来るが、真辺の姿を見てそのまま帰ってしまう。一子たちはバーに行き話をすると、真辺は姉弟は自分が捨てた子供達だと話す。

 

 前作が、店でのミステリー風事件、第2作が伏線となっていた話、万里が新しい女性と知り合う話などバラエティに富んでいたのに対し、本作は月島に新しくできた2軒の店と万里のスカウト話の2つがテーマ。

 更に言えば、本シリーズは1話完結の話が基本だったのに、本作では1話目2話目は前振りの段階で話が終わっており、その結末は3話目以降で描かれる。万里がスカウトされるが、スカウト相手が詐欺まがいのことをする女性で、スカウトは未遂に終わる。月島に新しくできた感じの良い店の人々は実は親子だった、というオチ。

 前作のはな〜万里のガールフレンド?に続いて、本作で登場したパン屋の宇佐美姉弟とバーの真辺は今後も常連客の仲間入りは必至だろう。この親子の関係は今後も話のネタになっていきそう。

 

 シリーズのレベルが上がって来ているのは間違いなく、加えて本作では平成から令和に代わる時期も描かれており、リアルタイムさまで感じられるようになって来ている。

 しかし本作で一番の注目は一子の言葉だろう。4話目でネットでの風評被害にあったはじめ食堂だったが、一子は毅然と、「災害は降って来るものであり、自分に原因があると思ってはいけない」と断言する。ネットでの悪質な書き込みが話題となる現代、高齢の一子のこの言葉はまさに至言だと言える。