みんなのナポリタン 食堂のおばちゃん9 山口恵以子

●みんなのナポリタン 食堂のおばちゃん9 山口恵以子

 佃にある「はじめ食堂」は、昼は定食屋、夜は居酒屋を兼ねており、姑の一子と嫁の二三が、仲良く店を切り盛りしている。店の二人と客たちの中で起きる様々な出来事を描いた短編集。以下の5編からなる。

 

 

豚汁日和

 後藤がなくなり山手がはじめ食堂に来る回数が減る。店に松原青果がやってきて、取引をするようになり、食堂で新鮮な野菜を使ったメニューが評判となる。

 

参鶏湯で癒されて

 2020年の最後の営業日、いつも通り常連客での忘年会が開かれる。年明け、料理研究家の瑠美がアシスタント深山乙葉を連れて店にやって来る。翌週、要が週刊誌に瑠美のアシスタントの告発の記事が出ると報告し、その通りになる。アシスタント乙葉による告発で、乙葉は瑠美の元を離れ、瑠美のTV番組が中止となるなど影響が出る。常連野田梓が記事を書いた記者角田を知っており昔梓の店の女性とトラブルになったことを話す。2週間後、乙葉から角田に頼まれ事実無根の告発をしたと謝罪の手紙がきて騒動は収まる。

 

ラム肉はピンク色

 2月、店ではバレンタインと天皇誕生日にちなんだ特別ウィーク料理を出す。店にはなが元ワカイのOL永野つばさと一緒にやって来る。3月になりパン屋ハニームーンの宇佐美萌香が店に来て、永野つばさが店で修行したいと言ってきたと話す。しかし萌香はつばさの狙いは弟大河にあるのではと疑っていた。

 

おろしポン酢は恋の味

 2月から店で出すようになった串カツが評判となる。はなが店に長谷環奈を連れて来る。環奈はつばさと同じ会社で働いており、つばさに最近彼氏ができたと話す。後日、店にいたはなに環奈から電話があり、つばさが寿退社をするらしいと話す。そのつばさが会社の仲間たちと宇佐美大河とともに店にやってきて、送別会&大河のお披露目会を開く。それを見た二三たちは萌香のことを心配するが、翌日宇佐美姉弟とつばさの3人が店にやってきて、昨日の事情を説明する。会社の男に二股をかけられていたことを知った翼が、その男に似ていた大河にお願いし彼氏のフリをしてもらったとのことだった。しかしつばさのパン修行は本気で今後専門学校に通うと話す。

 

みんなのナポリタン

 店の若いサラリーマンの客がナポリタンを出して欲しいと話す。二三は皆にどんなナポリタンが良いかを尋ね、人にはそれぞれにお気に入りのナポリタンがあることを知る。はなが店に山下智医師を連れてやって来る。会社から早く帰った要が山下に話しかける。要は担当だった梨本みのりの通夜の帰りで、山下が梨本の訪問診療を受けていたと聞いていたためだ。GWあけ、要が山下と同期の丹後千景を連れて店にやって来る。丹後は山下に担当する週刊誌に訪問診療に関するコラムを書いて欲しいと頼む。一子は訪問医のことを世の中に知らせるためにも書くべきだと話す。

 

 シリーズ9作目。2020年暮れから翌年GWあたりまでの話。コロナで始まった2020年、そしてその翌年が舞台であるが、コロナの影響はあまり感じられない。ネットでの評判を読んでわかったが、本作が書かれたのは2020年の後半であり、小説内の時期とは半年ほどズレがある。つまり本作はコロナ禍の世の中をリアルタイムに書き綴ったものではなく、ある意味半年先を予言的に書いたものということらしい。はじめ食堂にコロナの影響があまり感じられないのは、著者の願望もあったのだろう。

 

 コロナのことはさておき、本シリーズはこのところ1冊を通じたテーマがあるのが定番だったが、本作ではそれがないように思う。どちらかと言えば、話全体が『とっ散らかっている』印象。話一つひとつに何かしらの事件が起きるのが定番だったが、1話目は新しい青果店との取引が始まったという小さなエピソードしかない。2話目は瑠美の週刊誌ネタ騒動、3、4話目は宇佐美姉弟と永野つばさのエピソード。最終話も山下医師のエピソード、と話もバラバラ。

 まぁ本シリーズのウリは、店の常連客と従業員たちのごく普通の会話なので問題はないが、ちょっとパワーが落ちたようにも感じられる。前作終わりで後藤が亡くなったことへの鎮魂歌かもしれないが…。

 康平と瑠美の恋が順調に進んでいると思われることが唯一の救い。4作目で登場した永野つばさ、7作目に登場した山下医師など、以前登場したキャラが再登場してきたのも今後の展開に関係してくるかも。長く続くシリーズなので、本作9作目はちょっと一休みの回かもしれない。