髪結いの亭主

●704 髪結いの亭主 1990

 アントワーヌは子供の頃のことを回想していた。

 母が作ってくれた毛糸の水着は嫌だったが、それがきっかけで自分の性器について興味を持ち始めたこと。床屋の女主人の体臭が好きでよくその床屋に通ったこと。いつか髪結いの亭主となる夢を持ったこと。

 大人になったアントワーヌは、子供の頃の夢の通り、髪結いであるマチルドと結婚していた。彼女はイジドールから店を譲り受け、一人で床屋をやっていた。そこへ訪れたアントワーヌ。しかしマチルドは彼を一旦追い返してしまう。30分後に店に訪れた彼はマチルドに結婚を申し込む。3週間後、店をまた訪れたアントワーヌにマチルドは結婚すると答え、二人は夫婦となった。

 二人を祝福するためにアントワーヌと兄夫婦とイジドールが店へ。父は彼が髪結いと結婚すると知り死んでしまう。結婚を祝っていると店に髭剃りの客がやってくる。マチルドは彼を客として受け入れ、彼の髭を剃る。

 その後も店には喧嘩をしている夫婦や養子を連れてきた母親などが客としてやってくる。アントワーヌはいつも店にいてマチルドの仕事ぶりを見つつ、彼女を愛してやまない日々を送る。

 10年の結婚生活で二人は一度だけ些細なことで喧嘩をした。しかしその夜二人はオーデコロンを酒の代わりに飲み一晩を明かした。前に喧嘩をしていた夫婦の夫だけが店に子供を連れてやってくる。妻は出て行ってしまったと彼は話して店を去る。

 激しい夕立があった日、客の来ない店でマチルドは激しくアントワーヌを求めた。その後買い物があると行ってマチルドは店を出て行くが、そのまま川に身を投げて死んでしまう。彼女の遺書にはアントワーヌだけを愛していたこと、不幸になる前に死にたいと書かれていた。

 アントワーヌは店でいつも通りクロスワードパズルをしていた。客がやってきて、彼は客の洗髪をする。その後客とともに踊りを踊ったアントワーヌ。そしてその客にそのうち妻が戻りますと話しかける。

 

 タイトルの「髪結いの亭主」を見て一番最初に思い出したのは、「男はつらいよ」第45作「寅次郎の青春」の風吹ジュンだった。本作の冒頭、主人公のアントワーヌが少年時代に憧れる床屋の女性の立ち居振る舞いは、まさにあの風吹ジュンを彷彿とさせてくれた。ちょっとエロ過ぎるのが異なる点だったが(笑

 そう言えば、高校生の頃通っていた床屋に若い女性店員がいたことを思い出す。何があるわけではないが、その女性店員が髪を切ってくれることもあり、それを狙ってその店に通ったこともあったなぁ、と。

 

 本作は想像よりもずっとエロチックに話は展開。少年時代の夢を叶えたオジさんの物語であり、こんな女性との暮らしを描き続けて、結末はどうするのだろうと思っていたら、とんでもないラストが待ち構えていて驚いた。

 

 単なる床屋客のエピソードと思っていた夫婦ゲンカした男性客が再度店を訪れたのが、マチルドの自殺のきっかけなのだろう。結婚して子供までいる夫婦でも別れが来るときがあると知ったことが自殺の原因なのでは。今は最高に幸せでも、それに終わりが来るときがある、という事実。それならばそれを迎える前、最高に幸せな今、自分でそれを終わりにしたいという願望は、同意はできないが理解はできるかも。

 

 描かれている内容はとても少なく、マチルドの過去や心の中はほとんど明らかにされないまま映画は終わる。頭で考える映画ではなく、体で感じる映画なのだろう。

 ルコント監督が本作の前年に製作した「仕立て屋の恋」も観てみたくなった。