きまぐれな夜食カフェ マカン・マランみたび 古内一絵

●きまぐれな夜食カフェ マカン・マランみたび 古内一絵

 路地裏にあり見つけにくいマカン・マランはドラァグクイーンであるシャールが営む夜食カフェ。そこに様々な悩みを持つ人間が客として訪れる。

 以下の4編からなる短編集。

 

妬みの苺シロップ

 弓月綾はコールセンターに勤める26歳のアルバイト。子供の頃からイジメられていた彼女は人との接触を嫌い、ネットで店や個人などをディスるブログを作り、評判を得ていた。ある時仕事先の人員削減があり、それに引っかかってしまうことに。ブログの標的としていた漫画家藤森裕紀に対しても綾のレビューへの非難が書かれていた。綾は藤森が褒めていた店マカン・マランを訪ねることに。そこで藤森と再会する。


藪入りのジュンサイ冷や麦

 香坂省吾は27歳の元料理人。割烹で修行をしたが3年経っても追い回ししかできず料理コンテストに応募、それをきっかけに世界的に有名な店で働くことになったが、そこは省吾が求めるものとは異なる世界だった。仕事を辞め味覚も失った省吾の元に有名店で一緒に働いた同僚から招待状がくる。会場の前まで行った省吾は以前インタビューを受けた安武さくらと出会い会場へ。同僚の言葉にショックを受けた省吾をさくらがマカン・マランへ誘う。


風と火のスープカレー

 中園燿子はタワーマンションにくらす46歳の主婦。結婚して14年、豪華な暮らしをしてきたが、夫から離婚を迫られる。夫から離婚式をしたいと言われた燿子は、その衣装を作ってもらうためにマカン・マランを訪れる。シャールは燿子が結婚するときにウェディングドレスを頼んだ相手だった。燿子はシャールの作ったドレスを着て離婚式に望むが、その会場に現れたのは燿子のかつての上司で憧れだった御厨先輩だった。


クリスマスのタルト・タタン

 瀬山比佐子はクリスマスを1週間後に控えた日、エンディングノートを書き始める。これまでの人生を振り返りつつ、自分の人生の転機となった結婚生活に思いを馳せる。結婚生活がダメになったとき、比佐子は初めて祖父の前で弱音を吐いたのだ。その祖父から譲り受けた土地、その土地にはマカン・マランがあり、自分が死ぬ前にマカン・マランの土地をシャールに譲ることを決心し、比佐子は店を訪れる。

 

 

 シリーズ3作目。2作目で非常に良くなった感じがしたが、本作もその流れを汲んでいると思う。前作に書いた通り、各話のゲストキャラの年齢が若いほど、シャールとの対面で変わっていく姿が腑に落ちる訳で、本作も1話目、2話目は20代後半のキャラ設定となっている。しかも1話目がネットで他人をディスることを楽しみにしているキャラで、2話目も料理人として修行に耐えきれずに誤った方向に進んだことを後悔しているキャラ、と読者がその気持ちをとても理解しやすくなっている。

 さらに3作目の本作が優れているのは、その1話目2話目でゲストキャラをマカンマランに導くのが、1作目2作目でゲストキャラだった登場人物だったところ。マカンマランで生き方のヒントをもらった人々が、自分と同じような境遇の人たちを店へ連れて行く、というのは非常に自然な流れであり、読者としても前作までの登場人物のその後を知ることができて一石二鳥(笑

 

 その流れで来た3話目。今度は誰が再登場となるのか、と思って読んでいたら、これが少しミステリー地味ていてさらに面白かった。ゲストキャラである燿子が過去に抱いたある「痛み」が謎として提示されるが、その正体がなかなか明らかにされずに終盤まで話は進む。そして離婚式当日、そこへ現れた御厨ことシャールが燿子の憧れの人だったことが明かされる。これは見事だった。

 

 ここまで十分すぎるほどの出来だと思うが、最後の4話目。マカンマランを救ったことがある比佐子が主人公となる。高齢者である彼女がエンディングノートを書き始め、夜の楽しみを教えてくれたシャールに土地の提供を申し出ようと店に行くが…。

 ここでシャールが語る「今をできる限り上機嫌に過ごすこと」というセリフ。若者には気安く言って良いセリフではないが、比佐子になら最も適切な言葉になるのだろう。1話目2話目に登場したキャラほど若くない自分にとっては、このセリフが一番心に響いた。

 

 このシリーズもう1冊続きがあるようだ。それが完結編らしいのが残念だが、楽しみに読んでみよう。