初夏の春巻 食堂のおばちゃん13 山口恵以子

●初夏の春巻 食堂のおばちゃん13 山口恵以子

 佃にある「はじめ食堂」は、昼は定食屋、夜は居酒屋を兼ねており、姑の一子と嫁の二三が、仲良く店を切り盛りしている。店の二人と客たちの中で起きる様々な出来事を描いた短編集。以下の5編からなる。

 

未練のカキ鍋

 物価高のため、定食のメニューを値上げするか、小鉢2品を1品に減らすかで一子と二三は悩む。常連客三原のアドバイスもあり、小鉢を1品減らすが、小鉢1品50円で別売りで提供することになる。

 要が担当する作家足利の対談が相手が原因で流れそうになり、要は困る。それを聞いた皐が前働いていた店「風鈴」で知り合った作家塩見に連絡をして対談相手とすることに。対談が成功し後日要が塩見を店に連れてくる。塩見は牡蠣の土手鍋を注文し、それにまつわる昔話を始める。

 

発酵レストラン

 塩見が店によく来るようになる。皐は塩見は要に会いにきているのではと推測する。康平と瑠美は北関東の酒蔵巡りをする。田桑酒造を訪れた二人は当主善次郎と出会う。善次郎は息子である潤がその妻浅黄にそそのかされ、家業を継ぎながら酒蔵にイタリアンレストランを開きたいと言っていると愚痴を二人にこぼす。ホテルに戻った康平と瑠美を潤と浅黄が訪ねてきて、レストランの話の真意を語る。それを聞いた瑠美は二人のため、はじめ食堂に善次郎とその妻小百合、潤と浅黄を招き、日本酒とイタリアン料理を振る舞う。

 

スペアリブと犬

 買い物に出かけた二三は帰り道で柴犬の子犬が後をついて来るのに気づき、店に子犬を連れて帰る。皆は子犬を気に入り、皐は弥生という名前までつける。弥生を探すためのポスターなどを張り出し連絡を待っていると長坂という女性から連絡があり、弥生は長坂の元へ戻ることに。長坂はその夜婚約者だという小堺と一緒に店にやって来る。皐は長坂たちが帰った後、弥生の飼い主を探すためのポスターを剥がしに行った際のことを話し、小堺の本性を見抜く。後日長坂が一子から連絡を受けたと言って店にやってきて話をする。

 

めでタイ正月

 店で好評のタルタルソースを別売りにすることに。さらに万里が食べられない魚を食べようと挑戦し始める。ニューハーフのモニカとジョリーンが新人のシリボーンを連れて店にやって来る。シリボーンはタイ出身で日本ではタイ料理が食べられないというのを聞いた万里はネットでタイ料理を出す店を検索してシリボーンたちに教える。しかしその店でもシリボーンは故郷の料理を食べることができなかった。万里はさらに調べシリボーンを連れて、町田にある店に彼女を連れて行き、故郷の料理を食べさせることに成功する。その日の別れ際、シリボーンは万里へ愛の告白をする。

 

初夏の春巻

 二三たちがシリボーンの万里への想いを気にしている中、要が塩見が結婚したと驚きの報告する。塩見は取材旅行で行ったタイで病気となり、その時看病してくれた女性ラットリーと結婚をしたのだった。その二人が店を訪れる。ラットリーがシリボーンと同じ故郷出身だと知り、塩見は彼女を連れて風鈴へ。そしてシリボーンはラットリート仲良くなり、ホームシックは解消される。その後シリボーンは、ラットリーの大学の同級生の青年実業家と知り合い、結婚をして店を辞めることになったと皐は話す。

 

 シリーズ13作目。1年前からシリーズを読み始め、前作を昨年秋に読んだところでシリーズを読むのを中断、半年ぶりにシリーズの続きを読むことに。

 11作目ではじめ食堂の中心料理人となっていた万里が店を去ったが、前作12作はそれまでと変わらず通常営業で(笑 本作もその流れのまま。皐が店に入ったためか、若干店でだす料理が変わったように感じられるが、大きな影響はない。

 それよりも注目すべきは、ウクライナ侵攻が元となっているであろう世の中の物価高が本作にも影響している点。シリーズ最初からずっと700円を保っていた定食の値段を値上げするかどうかで、一子と二三が悩み、結果的に小鉢を1つ減らしながらも、小鉢を50円で追加できるシステムに。コロナ禍も本シリーズでは描かれたが、はじめ食堂にはあまり影響はなかった。しかし流石に物価高はまともに影響を受けたようだ。

 

 本作の特徴としては、新たな登場人物たちの恋愛模様か。1話目で登場した作家塩見は店の娘である要に惚れたらしく、店の人間をヤキモキさせるが最終話で突然別の人間との結婚することに。もう一人の新キャラ、風鈴のシリボーンは4話目で万里に優しくされ愛の告白までし、こちらも店の人間たちが心配するが、同じく最終話で、塩見の仲介もあり、別の人間と結婚。塩見もシリボーンも、レギュラーメンバーとの恋愛関係になっていくのかと思いきや、あっさりその話は終わる。

 あっさり、といえば2話目の話で登場した田桑酒造の親子問題も瑠美のおかげであっさりと解決。親子間の問題が提示された直後に瑠美があっさりと解決してしまったため、ちょっと拍子抜けといった感じがしたが、あまり問題をこじらせないのが本シリーズの定番だから仕方なしだろう。

 3話目の迷子犬の話は、「菜の花食堂のささやかな事件簿 木曜日のカフェタイム」の「インゲンは食べられない」と展開が同じ。最近のペットブームでよくある話なのだろうか。

 

 半年ぶりに読んだが、4ヶ月ぶりに前作と読んだときと同じで、なんだかよく知る店を久しぶりに訪れた感じ。店員も常連客も皆知っている人たちばかりでなんだか安心する。そこで交わされる会話も皆の振る舞いも変わらず。この安心感がこのシリーズのウリなんだと改めて実感する。