本所おけら長屋 十五 畠山健二

●本所おけら長屋 十五 畠山健二

 「はるざれ」

 尾形清八郎がおけら長屋へやってくる。清八郎は島田の元の奉公先黒石藩の家臣で、以前おけら長屋の万松と吉原に行き、実家の下男の娘お葉と出会っていた(おけら長屋 五)。清八郎はお葉を身請けするための20両を持ってきていた。

 清八郎は黒石藩に戻り、貧しい藩や百姓たちを救うため、藩の名産品を作ろうと考え、実家でお葉の母が作った味噌漬を候補と考え、味噌漬を作りそれが評判を呼ぶことに。偶然黒石藩にきていた仙台の料理屋が味噌漬の代金として20両を払っていた。

 しかし味噌漬を作ったお葉の母親は清八郎が江戸に出てくる前の月に風邪をこじらせ亡くなってしまっており、持参したものはお葉の父が覚えていた作り方で作ったものだった。清八郎は20両でお葉を身請けし、味噌漬を作るのを手伝っていたお葉に母親の作り方を教えてもらうつもりであることを藩主高宗に提言、高宗は了承する。

 清八郎は島田とともにお葉のいる女郎屋に行きお葉を身請けし、おけら長屋に連れてくる。お葉は心身ともに弱っていたためだった。清八郎は母親の死や味噌漬の話をお葉にする。お葉はお染と暮らしだし、味噌漬を作るための準備を始める。必要な食材を集めるため、聖庵堂のお満や長屋の隠居与兵衛の力を借り、お葉は母親の作った味噌漬を再現して見せ、長屋や高宗を唸らせる。

 しかし二日後、お葉は姿を消してしまう。心配する長屋の連中は清八郎に話をする。清八郎の前日、お葉に藩に帰ったら結婚して欲しいと話していた。お染はお葉の気持ちを察する。万松がお葉の行方を掴んでくる。

 島田とお染がお葉に会いに行くが、お葉は友人の男に襲われて家から逃げていた。二人は側の神社で首をくくろうとしているお葉を見つけ助け出す。お染は清八郎が死んだと嘘をつく。叫ぶお葉に嘘だと話し、お染はお葉を説得する。

 清八郎は高宗から藩に帰ったら武家の屋敷に養女として入りその後嫁ぐようにとの書状を受け取っていた。二人は黒石藩へ帰って行く。

 

 「なつぜみ」

 お咲の元を遠縁のお喜代が訪ねてくる。彼女は菓子屋竜泉堂の主人の妹で還暦近い老女だった。お喜代は10歳の頃好きだった男の話をし始める。お喜代はこれまで一度も所帯を持ったことがないのだった。

 竜泉堂のそばにはもう一件の菓子屋柳生堂があり、お互い犬猿の仲だった。その柳生堂の次男嘉助がお喜代の相手で、ガキ大将にいじめられているお喜代を一度助けてくれたことがあった。その時嘉助はお喜代のことが好きだと話していた。両国橋の川開きの花火大会の日、親とはぐれてしまったお喜代は嘉助に助けられ、二人は初めてゆっくりと話をしお互いの気持ちを確かめた。しかし嘉助は来月から煙管職人に奉公に出るのだった。

 お咲は万松にお喜代の話をし、煙管職人の嘉助を探すように頼む。半月後、万松は牛込の石切長屋に住む嘉助を見つけてくる。しかし嘉助は病でもう長くはないということだった。翌日お咲お染万松の4人とお喜代は石切長屋へ出向く。しかし一足遅く、嘉助は昨夜死んでしまっていた。落ち込む皆だったが、長屋の老婆の勧めで線香をあげる。その時死んだ人間が嘉助ではなく、良輔だということが判明する。香典を取られてしまいがっかりして長屋を後にしようとした時に、長屋の女が嘉助のことを話してくれる。弁天長屋に住む嘉助は胸を悪くしているとのことだった。5人は弁天長屋へ。

 お喜代は柳生堂へ行き嘉助のことを話す。柳生堂の主人庄吉は嘉助の兄であり、話を聞いて二人のことを許し、これまでのことを謝る。お喜代は竜泉堂の主人で兄の恭七郎にも話をしてあり、兄も柳生堂に謝りにきたいと話していたことを告げる。

 お喜代は嘉助と暮らしだし、ひと月半後の両国の川開きの日に亡くなる。三祐で皆で酒を飲みながら、お喜代は礼を言い、嘉助との日々のことを話す。そして嘉助の遺品の中に、10歳の川開きの日にお喜代がなくした片方の下駄が出てきたことを話す。

 

 「あきなす」

 万造が奉公する米問屋石川屋の姑お袖と嫁お菜は嫁姑の争いが絶えない。

 ある日店に今川座の看板役者今川勘十郎が訪ねてくる。店に誰もいなかったためお菜が対応するが、お菜は勘十郎に一目惚れしてしまい、お米を買いに来た勘十郎に毎日握り飯を届ける約束をしてしまう。

 姑お袖の反対を受けるが、店のことをやったことのないお菜が店のことも考え始めてくれたと考えた主人たちはお菜を応援する。お菜は毎日握り飯を作り今川座に届けるようになる。

 お菜の行動を不審を抱いたお袖は万造にお菜のことを調べるように命じる。万造はお菜が勘十郎に惚れていること、届けたのちに芝居を見たりしていることを告げる。それを聞いたお袖は自分が握り飯を届けられる手はずを万造に考えるように話す。

 翌日客がお菜の元へ来ることになり、握り飯はお袖が届けることに。そしてお袖も勘十郎に惚れてしまい、二人は握り飯のことで喧嘩を始めてしまう。結局二人で半分づつ握り飯を作り届けることに。そんなことが続いたある日のこと、今川座で食あたりで出てしまい、石川屋が食あたりの原因だと噂され、店は立ちいかなくなってしまう。

 噂を聞きつけたお満が万松に話を聞く。その日作った握り飯で食あたりが起きたことが解せないためだった。今川座の皆が食べたのは握り飯の他にニラと豆腐味噌汁だったとのことで、お満はニラと水仙は似ており、水仙を食べると食あたりに似た症状を引き起こすと話し、万松にもう少し調べるように話す。

 万松はニラの味噌汁のことを調べ出す。その場に置いてあったニラだが、誰が置いたかはわからなかった。島田が戯作者の井川先生から小松座が客が入らなくて困っているという話を聞いて来る。島田は小松座が今川座に客を持っていかれたという恨みを持つのではという推理を万松に話す。万松は一計を案じる。

 小松座にニラに関する投げ文をし、金太に小松座にニラを売りに行かせる。最後にはお袖とお菜が食あたり騒動で自害を考えている、という芝居をさせる。それを聞いた小松座の若手犬千代は奉行所に訴え出て全てを白状するが、命じた座頭沖之丞は逃げてしまう。

 芝居には懲りたというお袖とお菜は仲良くナスの漬物を食べるのだった。

 

 「ふゆどり」

 鳥居涼介が剣術修行をしながら江戸を目指す。彼は煮売をしているおけい婆さんが浪人3人に絡まれているところを助け浪人たちを蹴散らす。それを見ていた万松が彼に声をかけると、鳥居は誠剣塾を探しているところだった。鳥居は誠剣塾で島田に真剣での立ち合いを申し入れるが断られる。

 鳥居は黒石藩の刀鍛冶の息子だったが、剣客を目指し武家の家に養子に入る。しかし鳥居家は断絶となり、涼介は剣客をなるため修行の旅に出て5年後黒石に戻るが、姉が自害したことを知る。

 島田は黒石藩邸に工藤を訪ね鳥居のことを尋ねる。黒石藩から江戸に出てきたばかりの人間から鳥居のことを聞く。鳥居の姉は近藤房之介に嫁いでいたが、近藤は島田との剣術指南役を決める試合で負け、その恨みから島田の妻を襲い自害させていた。

 鳥居は毎日誠剣塾の島田の元を訪れ立ち合いを申し入れ断られる日が続く。ある日誠剣塾の門弟足立尚右衛門が鳥居に声をかけ、島田の代わりに自分が立ち会うと申し入れる。噂を聞きつけた島田が立会いの場田中稲荷に行くと足立が怪我をしていた。島田はその場を収める。

 万松お染は島田のことを心配し、島田に鳥居のことを尋ねる。理由を知った万松は鳥居に声をかけ一緒に酒を飲み話を聞く。鳥居は島田を恨んでいるわけではなく、憧れであり剣客として勝負がしたいだけだと話す。その帰り道、鳥居はおけいばあさんの店で出会った浪人に襲われ卑怯な手を使われるが、なんとか撃退、一人を斬り捨てる。鳥居は奉行所に連れていかれ、その場で斬った浪人にも妻と乳飲み子がいたことを聞かされる。鳥居は、姉の件での島田と自分が同じ立場になったことに気づく。

 放免になった鳥居は浪人の妻香織の家へ出向く。そこで浪人の妻から、島田とお染が先に妻の家を訪れ、香織がこの先生きていくために、東州屋で働けるように手配していたことを聞く。

 翌日鳥居は誠剣塾へ出向き、明日江戸を立つことを島田に告げる。すると島田は真剣で立ち合いましょうと話す。剣を交える二人だったが、鳥居は何も出来ず、負けを認める。島田は鳥居に高宗から授かった鳥居の父杉野匠巳の名刀を渡す。その刀を持って鳥居は黒石へ帰っていく。

 

 

 本作も4話構成、前作同様、人情話3話に滑稽話1話といったところ。

 「はるざれ」は「おけら長屋5」の「はるこい」の後日談。「はるこい」ではモヤモヤとした終わり方だったが、その見事な解決編といったところ。清八郎に求婚されたお葉が姿を消すのも自殺しようとするのもよくわかるが、それをお染がキツい言葉で叱責する。「はるこい」でも泣かされたが、「はるざれ」ではもっと泣かされた。そうか、同じ話だからタイトルにどちらも「はる」が使われているのか。今気付いた(笑

 「なつぜみ」はお咲の知り合いの老女の話。だが、内容は幼い時の恋物語。途中見事な?人違いをするというオチがあり笑いを誘うが、ラストのお喜代の話には泣かされる。さらに最後お喜代がなくした片方の下駄が出てくる場面では号泣。これまたタイトルが話の内容をよく示している。

 「あきなす」は人情話が2つ続いた後の滑稽話。こんな嫁姑の争いは今でも起きているのかしら(笑 例によって万松が大活躍するオチとなるが、途中絶望した嫁姑が交わす会話がちょっとホロっとさせる。しかしその後ラストへ向かう際に久しぶりに登場する金太の会話には相変わらず大爆笑。

 「ふゆどり」は一転、またも人情話。一見島田に対する仇討ち話かと思いきや、相手の鳥居は良い人間としか描かれず、長屋の住人も戸惑い始める。そして明かされる理由。常に帯刀し何かあれば人を斬るのが当たり前の世の中で、人を斬ることの愚かさや責任を感じさせる。

 途中、鳥居の話を聞いていたお染が女としての本音をぶちまける場面も良かった。その前に島田から理由を聞いたお染が島田に惚れ直す場面があるからなおさら。

 ラスト島田が名刀を鳥居に渡す場面も良い。本人すら気づいていなかった気持ちを島田が諭す。うーん、やっぱり島田のカッコ良さは別格か。

 

 15巻まできたが、レベルはどんどん上がっているように思える。前作同様、再登場する人物あり、新たな登場人物ありで、ますます世界が広がってきている。もう次作が楽しみでしかない。