いまを生きる

●606 いまを生きる 1989

 1959年、伝統ある全寮制進学校が新年度を迎える。学校のOBでもあるキーティングが教師として赴任して来る。厳しい授業が行われる中、キーティングは風変わりな授業を行い、生徒たちの関心を集める。時に教室を出て、時に教科書に記載されていることを間違っていると話し、詩の美しさ、今を生きることの大切さを説く。視点を変えるために、教壇の上に立ち、生徒たちにもそうするように話す。

 生徒たちはキーティングの言葉に感化され、彼のことを調べる。キーティングの学生時代の記録を見つけ、彼が作っていた死せる詩人の会のことを教えてもらう。生徒たちはキーティングを真似て、秘密の洞窟で集会を開くようになる。そして今を生きることの大切さを知った生徒たち。一人は学校新聞に女性と受け入れの記事を掲載、一人は一目惚れした女の子に告白、ニールは夢だった役者になるために舞台のオーディションに参加する。

 しかし生徒たちの行動は必ずしも成功しない。学校新聞の記事は全校集会で校長が非難、女の子に告白した生徒は彼女の彼氏から暴力をふるわれ、オーディションに合格し舞台初日を迎えようとしていたニールは父親から猛反対を受ける。

 それでも女の子に惚れた生徒は、女性との学校まで乗り込む。ニールはキーティングに父親のことを相談、キーティングは父親を説得すべきだと話す。ニールは父を説得、無事舞台初日を迎え、その出来に満足するが、舞台を見に来ていた父親に家に連れて行かれ、明日から別の学校に通うように言われてしまう。絶望したニールは父の部屋で自殺をしてしまう。

 学校ではニールの自殺が問題視され、死せる詩人の会もターゲットとされ、ニール志望の「犯人探し」が始まる。課のメンバーの一人が、学校側の取り調べに全てを告白、皆の前でキーティングのせいにすれば自分たちは退学を免れることができると話す。ニールと寮で同室だったトッドも取り調べを受けるが、そこに両親も呼ばれていたため、学校側の説得に応じるしかなく、調書にサインをしてしまう。

 調査結果を受け、キーティングは辞職を迫られ、学校を辞めることに。彼の代わりに校長が授業を行う中、キーティングは忘れ物を取りに来るが、トッドは立ち去ろうとするキーティングに、調書にサインしたのは本意ではないと話す。校長が咎める中、生徒たちは、自分の机の上に立ち上がりキーティングを見送る。

 

 型破りな教師と生徒たちの物語。日本のドラマではある意味定番とも言えるストーリーだが、舞台が伝統ある進学校ということ、教師の教えが「今を生きろ」ということが、日本の安いドラマとは異なる点か。

 キーティングが生徒たちに語るセリフが良い。名セリフも多いが、どれも「自分らしく、自分で考え行動すること」がテーマとなっている。30年ほど前の映画にもかかわらず、すでにこれがテーマとなっていることがハリウッドの凄さなのだろう。現代でも十分すぎるほど通用するテーマだ。

 

 しかしロビンウィリアムズはこの手の役が本当に似合う。生徒たちにまくし立てるシーンも良いが、ラスト、生徒たちが机に立ち上がったのを見てニヤリとするシーンも良い。この映画は彼が40歳前の作品。本当に良い俳優さんだったなぁ。