本所おけら長屋 九 畠山健二

●本所おけら長屋 九 畠山健二

 「まいわし」

 松吉がお店の連中と酒を飲んでいた居酒屋で黒石藩の藩士木下、大谷、高橋、赤岩の4人が酒を飲んでいた。そこへ延山藩の藩士たちが酒を飲みに来る。延山藩の藩士たちが黒石藩の藩士たちをからかい、喧嘩になる。斬り合いになろうとしたところ、赤岩が延山藩に対し頭を下げ、事は収まるが黒石藩の3人は気が収まらなかった。

 数日後、松吉は赤岩を見かけ、万造とともに酒に誘う。話を聞いた二人は赤岩の言葉に感心し、万造はいつもは喧嘩相手になる栄太郎に頭を下げる。

 話を聞いた島田は黒石藩の江戸藩邸に誘われ、その場で藩主高宗に全ての話をする。しかし高宗は延山藩藩主とつまらない事で言い合いになり、藩士同士の剣術勝負を受けたばかりだった。高宗は誰を勝負に出せば良いか島田に尋ねる。島田は赤岩の名を上げる。

 赤岩が島田を訪ねて来る。島田は赤岩が剣術勝負に乗り気でない理由を問う。赤岩の兄は藩内でのいざこざから同藩の仲間を斬り殺し切腹をしていた。その事を知った父から決して刀を抜いてはならぬ、と言われていたのだった。

 万松島田が飲む居酒屋に赤岩がやって来る。そこへ高宗もやってきて一緒に飲むことに。高宗が藩主と知らない万松は、黒石藩の藩主の悪口を言いまくる。そこへ黒石藩の3人がやって来る。3人は剣術勝負に出る赤岩を怪我させようと企んでいた。しかし高宗が3人に声をかけその場を収める。

 後日、島田は黒石藩家老工藤から高宗が延山藩藩主に謝りを入れ剣術勝負を取りやめたことを聞く。

 「おてだま」

 おけら長屋の卵之吉お千代夫婦が引越しをすることに。娘お梅は久蔵と暮らし始めており、卵之吉の兄と実家の両親の面倒をみることになったためだった。その空いた部屋にお浅という女が引っ越して来る。物静かで長屋の住人とあまり付き合いをしない女だった。しかしそのお浅がひと月ほどで長屋から姿を消してしまった。

 10日ほどしてお染がお浅の噂を仕事先で聞いて来る。別の長屋で男たちからお金を騙しとりやはり姿を消していたのだった。話を聞いた万松は大家徳兵衛や隠居の与兵衛が同じように騙されていたら面白いと騒ぎ出す。

 島田とお染は大谷の家に行く。そこには与兵衛もいた。島田たちはお染が聞いてきたお浅の噂話を二人にする。すると二人はお浅にお金を騙し取られていた。

 「すがたみ」

 三祐で飲んでいた万松の元へ薬種問屋木田屋の手代孝吉が現れる。そして柳橋の料理茶屋仲膳で大番頭勘兵衛の相談に乗ってくれないかと誘う。二人は茶屋へ。

 勘兵衛は木田屋の跡取り息子でお満の兄秀太郎に縁談話が持ち上がったが、秀太郎は乗り気ではなく、その理由が吉原の花魁、金華楼の紫月花魁に入れあげているためだと話す。そして万松に何とか秀太郎が紫月花魁を諦めるようにしてくれないかと頼む。

 万松は紫月のことを調べるが直接会える手段がなかった。そこで紫月の髪結い清吉に頼み、秀太郎の妹お満を弟子ということにして、紫月に会うことを画策する。

 お満は紫月に会い事情を説明するが、これまで厳しい人生を生きてきた紫月はお満の申し出を断る。一方、万造は大家徳兵衛の家に遊びに来ていた木田屋宗右衛門から頼み事をされる。宗右衛門は大番頭の様子がおかしく、店の金に手をつけているようだ、しかし大番頭は信頼できる男のため、息子秀太郎が遊びにお金を使っているのでは、と話し、そのあたりを調べて欲しいと万造に頼む。

 お満はもう一度紫月に会いに行く。そして紫月が髪結い清吉に惚れていることに気づく。紫月は店の女将から身売りの話を持ちかけられるが、断っていた。

 お満は全てを父親に白状したと万造に告げる。小遣い稼ぎが出来なくなった万造は嘆くが、父親の話を聞いて納得する。そして紫月花魁の顔が見たいと言い出す。花魁道中を二人は見に行く。その場で紫月に袖にされた客が紫月を刺そうとするが、清吉が紫月をかばい刺される。紫月と清吉は幼馴染だったのだった。

 後日、長屋の皆は三祐で酒を飲みながら紫月のことを話す。

 「かんざし」

  万松がいつも通り三祐で飲んでいるところへお染がやってくる。万松の話題は八五郎の妻お里が2両を拾いその礼をもらったという話だった。お染はそれを、お染の裁縫を手伝いに来ているお糸〜文七と一緒になった〜が身籠ったという話と勘違いする。身籠ったというのは元気のないお糸を見たお染の推測でだったが、万松は大騒ぎ。あっという間に長屋中に知れ渡り、お里にも話が行ってしまう。しかし全ては勘違い。万松お染は八五郎に謝る。だが島田はではお糸が元気がなかったのはなぜか、と訝しがる。

 お染はお糸に事情を聞く。お糸が元気がなかったのは文七の仕事が原因だった。文七は御蔵前片町の金物問屋大和屋から仕事を引き受けたが、仕事が終わっても大和屋はその出来に難癖をつけ、代金を支払おうとはしなかった。文七が取って来た仕事のため、代金をもらえなければ関係する仲間たちに手間賃を払えない。さらに文七のところにいる若い二人の職人がこの件が元で姿を見せなくなっていたのだった。

 話を聞いた万松は姿を消した二人、長次と半吉を呼び出し、説教をし張り倒す。そこへ八五郎がやって来て万松を止め、長次と半吉には金を渡しその場を去らせる。

 文七の家へ長次と半吉がやって来て頭をさげる。文七は二人を許す。

 「うらかた」

 道場にいる島田をお染が訪ねてくる。一緒に来たのは長屋から姿を消したお浅だった。島田とお染はお浅から事情を聞く。お浅の実家は店をしていたが、母は早くに亡くなり、父は後添えにお康という若い女性を迎えた。3年前にその父も亡くなったが、お康は父が亡くなる前から二番番頭の源八と不義密通を重ねていて、父が亡くなった後二人で店を乗っ取り、お浅は一番番頭の仙蔵と店を追い出されたのだった。しかも二人ともに悪い噂を流されており、二人は誰の助けも得られないままなんとか暮らしていたが、1年前に仙蔵が倒れ養生所に入ることに。その金を稼ぐために、お浅は長屋の年寄りを騙しお金を稼いでいたのだった。しかしその仙蔵も亡くなったため、これまで騙した人たちにお金を返し謝りたい、というのがお浅の話だった。

 島田は実家の店の名前を聞く。それは 御蔵前片町の金物問屋大和屋だった。島田は万松にも事情を説明し、お浅に騙された徳兵衛と与兵衛には自分が話をすることに。

 万松が大和屋の様子を見に行くと、そこには長次と半吉がいた。二人は代金支払いの催促をするが、お康は全く相手にしなかった。万松は二人を連れ出す。そしてその場にいた手代正蔵のことを気に留める。島田とお染は正蔵を仲間に引き入れる。

 島田は火付盗賊改方与力根本とともに大和屋へ。お浅の父親殺しからこれまでの悪事を暴きお康を脅す。そこへ島田が、このままだと店が潰れ奉公人が路頭に迷うことになるので、店の身代はお浅に譲り、支払いが滞っているものは全て払い、お康と源八は江戸払いで、ということを提案し、お康たちも了承する。

 文七はお糸が欲しがっていた簪を買ってくる。そしておけら長屋の住人たちが今回のことで動いてくれたことを話す。

 

 シリーズ第9作目。正直前作第8作は、少し肩透かしを食った感のある話もあったが、今回は新しい試みもあり、十分満足できるものだった。

 「まいわし」はおなじみ黒石藩がらみの話。黒石藩藩士のいざこざ話かと思いきや、藩主高宗が主人公と言える話に展開。長屋でもおなじみの高宗が男をあげる。

 「すがたみ」は落語によくある大店の放蕩息子話と思いきや…。万造とお満も巻き込んでの騒動となる。しかし見せ場は、紫月花魁の言葉。「居眠り磐音」シリーズで磐音の幼馴染であり婚約者だった奈緒も花魁になるが、花魁の奈緒はあまり登場せず、気持ちを語ることもほぼなかった。しかしこの紫月花魁はお満に本音をぶちまける。身売りされた娘の気持ちはこれが本当なんだろうと思わせる激しい言葉。しかも紫月花魁の話はあまりに悲しい結末。「すがたみ」というタイトルが泣かせる。

 「おてだま」「かんざし」「うらかた」は見事な3部作。「おてだま」と「かんざし」のラストは、第8作で島田以外のメンバーで事件解決をしたのに続き、おけら長屋も全ての事件を解決して話が終わるわけではない、という新しい展開をみせるのか、と思ったが、本作のラストの「うらかた」で2つの事件が一気に解決する。いやぁこの3部作には見事にやられた!という感じがする。

 1つだけ残念なのは、今回も居酒屋三祐がよく出てくるが、お栄と松吉の仲はなんでもなかったようで…。これだけがちょっと残念。