尼僧物語

●600 尼僧物語 1959

 ベルギーに住む医師の娘ガブリエルは修道院に入り、修道女を目指す。彼女にはコンゴでで医療活動をしたいという希望があった。1年半の修道の日々を過ごすが、脱落する仲間もいた。彼女自身も仲間の修道女に道を譲れという教えに背いたりもする。

 やがて彼女は精神療養所へ赴任する。そこでも自身の力を過信し失敗を犯す。それでも彼女は修道女シスタールークとなり、やっとコンゴに派遣されることに。しかし現地の人の病院ではなく、白人相手の病院勤めとなる。そこで知り合った医師フォルテュナティは無心論者であり、修道女である彼女をよく皮肉った。それでも彼女は真摯に勤め、ハンセン病患者を診るプエルミュレ神父や、現地人である助手イルンガと出会い心を通わせていく。

 ある日彼女は自身が結核にかかってしまう。病人となった帰国を余儀なくされるが、フォルテュナティは現地での治療を勧め、彼女もそれに従う。しかし彼女はベルギーに一度帰ることに。折しも戦争が始まり、コンゴへの帰還を希望する彼女の願いは果たされなかった。戦争に対する地下活動が禁止される中、彼女は父の死亡を知らされる。修道女としての立場と自身の思いの対立に葛藤した彼女は、修道女として生きるのを諦め、還俗することを決意、一人修道院から去っていく。

 

 このブログを始めて観る600本目の映画、そしてヘップバーンについては10本目。

 ヘップバーンの有名な作品は大体観てきたつもりだったが、本作は初見。ヘップバーンは相変わらず美しいが、本作では彼女よりも修道女そのものに興味を惹かれた。

 前半は修道女となるための鍛錬が描かれる。沈黙、謙譲、懺悔、自己犠牲、など知らないことばかりだった。そりゃ脱落していく娘も出るわなぁ(笑

 後半やっと希望していたコンゴに行くことになる。いかにもな男性医師が登場し、そっち方面に話が展開するのかと思いきや、その医師からは修道女として向いていないと断言されてしまう。仲間の修道女が殴り殺される事件には驚いたが、それに対応にはもっと驚かされた。最後は帰国し、戦争の影が刺し始めた時代、修道女として葛藤が生まれてしまう。

 

 この映画のテーマは何なんだろう。立派な修道女が戦争により還俗してしまうという反戦映画なのか。この描き方でキリスト教信者から批判は受けなかったのだろうか。キリスト教と関わりを持たない自分には、修道女のことを知る良い機会になったが。

 

 この映画でコンゴに行ったことが、後のヘップバーンの行動に影響したのかなぁ。