花だより みをつくし料理帖 特別巻 高田郁

●花だより みをつくし料理帖 特別巻 高田郁

 「みをつくし料理帖」シリーズ完結から4年後の世界を描いた特別編。澪と野江がいないつる屋、小野寺和馬の結婚生活、野江の店淡路屋の話、澪と源斉夫婦の話を描く。

 以下の4編からなる短編集。

 

 

花だよりー愛し浅蜊佃煮

 種市は化け物稲荷で水原東西と出会い、占いをしてもらう。東西は種市が今年の花見はできるが来年は桜を見ることはできないだろうと言われ激しく落ち込む。坂村堂が見舞いにと東海道名所一覧を持ってくる。それを見た種市は今年なら、と大坂の澪に会いに行く決意をし、清右衛門、坂村堂、おりうとともに大坂へ向かう旅に出る。しかし箱根の難所を越えたところで腰を痛めてしまい医者に大坂行きはとても無理だと言われる。清右衛門は途中で寄った小田原の宿が気に入り、引き返すことを決意、種市も江戸に帰ることに。

 

涼風ありーその名は岡大夫

 小野寺和馬と結婚した乙緒は大目付の父を持ち、心の内を露わにするなと言われ育ってきた。和馬との生活でもそれを続けており、義理の妹早帆の料理好きな面をおかしく思っても顔には出さなかった。

 乙緒は亡くなった義母里津から、夫和馬との間に溝ができた時には岡太夫が食べたいと言えと言われたことを思い出す。ある時乙緒は早帆から昔和馬のことを好きだった澪という料理人がいたことを告げられる。それに動揺した乙緒だったが、表情には出さなかった。しかしつわりも重なり乙緒は体調を崩す。心配する和馬に乙緒は岡大夫が食べたいと話す。

 しばらく後、和馬が乙緒のために岡大夫を作る。岡大夫が何かを知らなかった乙緒を笑う和馬だったが、死の直前の母里津が手作りをして乙緒に岡大夫を作ったことを聞いた和馬は母がなぜ乙緒にそうしたのかに気づき、乙緒に気持ちを伝える。


秋燕ー明日の唐汁

 淡路屋の女将となった野江。しかし3年が経ち、「女名前禁止」の特例として認められていた猶予が切れる時期となり、野江は結婚することを迫られていた。番頭の辰蔵と一緒になることが一番だったが、野江は迷っていた。辰蔵は野江の心に誰か思い人がいるのではと考え、それを伝える。野江は又次とのこと、翁屋での出来事を辰蔵にすべて話し、それは誤解だと伝える。

 しばらく後、又次の月忌に辰蔵が野江に唐汁を作って食べさせる。野江の話を聞いた辰蔵は、野江と又次との思い出の食べ物である唐汁を澪に習い作り、又次の代わりにはなれないが野江の盾にはなれると話す。野江は守ってくれなくて良いので、一緒に暮らしたい、家族になって欲しいと答える。


月の船を漕ぐー病知らず

 大坂で疫病が流行る。澪の店の大家も疫病で亡くなり、息子は辛い思いをした長屋を売りに出したいので出て行ってくれと話す。源斉は疫病の患者に何もできなかったことで体調を崩す。店を閉めることを決意した澪は源斉のためだけに料理を作り続けるが、源斉は食欲を完全に失ってしまう。野江にも心配され、澪は源斉の母に手紙を出し源斉の子供の頃の好物を聞く。江戸の味噌の作り方を教えてもらい、それを作りつつ、江戸を離れた源斉の気持ちに気づく。元気を取り戻した源斉らとともに澪は昔住んでいた家の近くを訪ね、空き家を見つけそこを新しい店にすることに。そして種市たちが店に訪ねてくる。

 

 前作でシリーズが完結、それから4年後に刊行された特別編。小説の中でも4年の月日が経過していることに。

 「花だよりー愛し浅蜊佃煮」はつる屋の皆の話。主役は種市。偽者の東西に寿命が残り少ないと言われ落ち込む種市が、その言葉を逆手にとって大坂の澪に会いに行こうとする。ここに清右衛門が一枚噛んでいるのがさすが。しかし最大の難関箱根の峠を越えたところで腰を痛め江戸に逆戻りすることに。再会を楽しみに読んでいたが、澪のために作った浅蜊の佃煮を清右衛門たちに食べられてしまうラストがあまりに可笑しく、澪との再会ができなかった悲しみはどこかへ飛んで行ってしまう。

 「涼風ありーその名は岡大夫」は小野寺の結婚生活が、妻乙緒の目線で描かれる。表情を表に出さないように育った乙緒が、澪と和馬のことを聞き動揺するのがポイント。亡き義母里津の生前の様子や小松原の相変わらずの姿も描かれ、ファンにとってはたまらない話となっている。

 「秋燕ー明日の唐汁」の主役は野江。前作でほとんどその姿が描かれなかった野江のある苦悩が描かれる。野江と又次の過去のエピソードが詳細に語られる。野江の又次に対する思いが溢れる一方で、野江と一緒になる辰蔵の人の良さも全面に出てきて、ほっこりとする話となった。

 特別編のラストを飾るのは「月の船を漕ぐー病知らず」。澪と源斉の夫婦生活が描かれるが、さすがに著者は幸せいっぱいの二人は描かない。大坂で流行った疫病が二人の生活を脅かす。澪は4年続けた店を失い、源斉は医者としての力不足に生きる気力をなくしてしまう。そんな源斉を救うのは、やはり料理であり、澪が食べることの意味を再確認するという、このシリーズのラストを飾るのにふさわしい話だった。

 

 巻末には著者の言葉もあり、ファンの要望があることは理解しているが、シリーズはこれで本当に完結するとのこと。約2ヶ月間、映像化されたものも含め、本当に楽しませてもらった。しばらく間をおいて、著者の別のシリーズも読んでみようと思う。