食堂のおばちゃん 山口恵以子

●食堂のおばちゃん 山口恵以子

 佃にある「はじめ食堂」は、昼は定食屋、夜は居酒屋を兼ねており、姑の一子と嫁の二三が、仲良く店を切り盛りしている。店の二人と客たちの中で起きる様々な出来事を描いた短編集。以下の5編からなる。

 

三丁目のカレー

 高級ブランド物で固めた男が店の常連となる。モデルのような女性も別日の常連となる。一子と二三はTVで男を見かけ、IT企業のオーナー藤代誠一だと知る。ある時、要が仕事を一緒にしたことがある藤代に声をかけるが、そこへ入ってきたモデルのような女性が藤代に食ってかかる。女性真那は藤代の妻で、二人は新婚だったが、藤代は妻の作る料理が苦手ではじめ食堂で夕食をとるようになっており、妻はそれを浮気だと勘違いしていた。

 

おかあさんの白和え

 二三が高と結婚をすることになった顛末が語られる。山手が後藤を見かけないと心配する。郵便受けに郵便物が溜まっているのも確認され、警察に通報、家に入るが誰もいなかった。翌日後藤が帰って来る。ヤンキースマー君を見にアメリカへ行っていたのだった。

 

オヤジの焼き鳥

 はじめ食堂と同じ並びにある焼き鳥屋鳥千の一人息子串田進一が先月帰ってきて、父親で店の主人保に、店をリストランテにしたいと話しケンカ状態になっていた。野田梓が店にやってきて、銀座のクラブで客に勘定を踏み倒されたとグチる。要は仕事で知り合った料理研究家の菊川瑠美を店に連れて来る。後日、菊川は串田進一と店に。二人は知り合いで、菊川は進一と恋人磯辺弥生のキューピットだった。翌日進一は店のプロデューサー勅使河原を店に連れて来る。彼のある言葉を聞いた二三は梓を呼び出す。勅使河原は梓の店の勘定を踏み倒した男だった。

 

恋の冷やしナスうどん

 青年が店に来て1万円も飲み食いしていく。一子が階段を踏み外し捻挫をしてしまう。代わりに万里をバイトとして雇うことに。店に若い女性客が増える。理由は人気ブロガー当麻清十郎が店のことを記事にしたためだった。要が仕事で一緒になったその当麻を連れて店に来るが、いつかの大食いの青年だった。要は当麻に惚れてしまうが、二三は当麻が女たらしであることを見抜く。それは二三の若い頃の経験からくるものだった。

 

幻のビーフシチュー

 店に運転手付きの車で裕福そうな男がやって来る。男平大吉は40年前に来店したことがあり、主人だった孝蔵にに助けてもらったと話し、あの時食べたビーフシチューが食べたいと話す。二三は怪しむが、一子は来週月曜にシチューを作るのでまた来てくれと話す。金と時間に糸目をつけずに作ったシチューは常連に絶賛されるが、平は味が違うと話す。そこへ三原が口を出し、孝蔵の弟弟子のコックに味を再現させると約束し、来週月曜にもう一度来るように話す。翌週平はそのシチューを食べるがまたも味が違うと言い出す。しかし三原はこのシチューを作ったのは帝都ホテルの名誉総料理長涌井で、彼は孝蔵を尊敬してやまない天才シェフだと話す。店に涌井もやって来て、孝蔵の思い出を話す。平は後日店にやって来て、謝罪をする。

 

 新たなシリーズの読み始め。現時点で13巻まで続いている人気シリーズ。やはり食べ物に関するシリーズが良いだろうと思い、本作を選んだ。

 なんだか不思議な作品だった。ミステリがあるわけではなし、人情話というわけでもなし、大事件も起きない。下町の平凡な食堂で起きる些細な出来事が小説になっている。

 1話目は、新婚(再婚らしいが)の夫が妻の作る夕飯を食べずに食堂で夕食を済ませてしまう話。

 2話目は、店の常連である老人が行方知らずになってしまいちょっとした騒ぎとなるが、翌日にはひょっこり帰って来る話。

 4話目は、店の従業員の娘が、仕事で知り合った男に惚れてしまうが、母親はその男が天性の女たらしであることを見抜く話。

 5話目は40年前の店の味を知る客が久しぶりに訪れ、味に文句をつける話。

 

 1話目5話目は、マンガ「美味しんぼ」で見たようなエピソード。2話目と4話目はドラマのサブエピソードで描かれそうな話。どれも平凡で目新しさは全くない。唯一3話目だけが、ドラマ性のあるエピソード。焼き鳥屋の後継問題が、常連客銀座のチーママの店の話と繋がり、そこへ料理研究家も登場。1話完結の昔の日曜劇場のような話で面白かった。

 平凡な話が多く、常連客も多く、少し読みづらさを感じて読み進めていたが、なぜか次の話を読みたくなってしまっていた。まるで自分もこの「はじめ食堂」の客の一人としてその場にいるような感覚になったというか…。

 この肩の力の抜け具合がシリーズが長く続いている理由なのだろうか。

 

 シリーズを読み続けることになりそうなので、多い登場人物を忘れないようにメモ。

 

 一子

82歳。はじめ食堂の店主。

 二三

55歳。はじめ食堂で姑である一子とともに働く。

 孝蔵

一子の亡夫。銀座のレストランで修行、64年前に結婚、50年前にはじめ食堂を開く。30年前、58歳で心筋梗塞で頓死。

 高

二三の亡夫。孝蔵死亡時、一流商社を辞め、店を継ぐ。その前年に前妻を亡くしている。10年前、53歳で心筋梗塞で急死。この時二三はデパートを辞め、はじめ食堂で働くことに。

 要

 二三の娘。出版社勤務。仕事で知り合った人をはじめ食堂に連れて来ることが多い。

 

常連客

 

 辰波康平

近所の酒屋の若主人。

 三原茂之

10年ほど前からの常連。ほぼ毎日昼定食を食べにくる。70代半ば。

 野田梓

二三と同年代。銀座老舗クラブのチーママ。いつも文庫本を持参し読んでいる。

 赤目万里

要の同級生。就職したが退職、フリーターをしながら作家を目指しているが仕事を転々としている。両親は教師。

 山手政夫

近所の魚屋「魚政」の主人で50年来の常連。

 後藤輝明

近所の住人。山手の同級生。警察を定年退職した後警備会社に勤めていたが、妻を昨年亡くし退職。現在一人暮らし。

 勝田

 四つ葉銀行の頭取。

 

 上記しなかったが、娘要は最終話で憧れの当麻への想いを断ち切ることに。今後どのように展開していくのか、とりあえず次の作品を読んでみよう。