毒をもって毒を制す 薬剤師・毒島花織の名推理 塔山郁

●毒をもって毒を制す 薬剤師・毒島花織の名推理 塔山郁

 ホテルマン水尾爽太は、薬をもらいに行ったどうめき薬局で薬剤師毒島と出会う。彼女の知識で医師の判断が間違っていたことを知った水尾は毒島に興味を持つ。彼女を食事に誘おうと毒島の元を訪れる水尾だったが、いくつかのトラブルに巻き込まれ、毒島の薬剤師としての知識を借りることになる。

 以下の3編からなる短編集。

 

ノッポちゃんとアルコール依存症

 2020年3月、コロナの影響が奏太が勤めるホテルにも出てきて、厳しい感染拡大防止の策が取られ始める。ミーティングの後、奏太はくるみから伯父疋田が亡くなっていたことを聞く。

 その2週間前、奏太は同僚のくるみと共に毒島との食事会をしていた。以前くるみの危機を奏太と毒島が助けたことがありそのお礼の意味を込めたものだった。その食事会でくるみは、アルコール依存症だった父が、伯父疋田から魔法を教えてもらったという弟の行動でアルコールを辞めることができたという話を聞く。話を聞いた毒島は疋田が使ったという魔法の正体を見破る。

 

毒親と呼ばないで

 コロナでホテルの客が激減する中、夜勤を一緒にしていた奏太の同僚馬場が体調不良を訴える。熱が出ており、上司と相談した結果、馬場をホテルの空き部屋で隔離することとなる。しかし奏太は馬場のペットボトルを飲んでしまっており、奏太は無症状ながら同じフロアの空き部屋で隔離されることに。高熱が続く馬場の世話をする奏太は、ホテルの同僚や毒島、毒島の同僚たちと電話やSNSなどで会話をする。

 毒島の同僚刑部と奏太はビデオ通話をする。その時、刑部がコロナにまつわるある患者と毒島のことを話し始める。3ヶ月ほど前から赤ちゃんを連れて薬局にやってきていた神谷というその女性は、あることがきっかけで毒島と話すようになり、その後毒島のことを信用できると思ったのか、頻繁に薬局に来て毒島と会話をするようになった。しかしその頻度の多さや通う病院を度々変えることなどから、薬局内では代理ミュンヒハウゼンを疑い始める。しかし毒島は丁寧に神谷と会話を続け、母親である神谷が赤ちゃんに予防接種を受けさせていなかったことを突き止める。

 

見えない毒を制する

 奏太の隔離期間2週間が終わろうとしていた時、奏太も発熱してしまう。同じようにホテルの別の従業員たちにも発熱者が発生。コロナ感染を疑われたが、宿泊客には発症者がいないことなどから、奏太は別に原因があるのではと考え、発熱した従業員たちの勤務状況や接触機会がなかったかなどを調べ始める。

 奏太のことを心配し連絡をして来た毒島に奏太はそれらすべてを話す。すると毒島はコロナではない別の可能性を指摘、それを確認するために毒島は奏太を連れ病院に行くことに。

 

 シリーズ3作目。冒頭から小説の舞台が2020年3月であることが明示される。コロナが日本を本格的に襲い始めた時期である。

 「ノッポちゃんとアルコール依存症」は、そのような時期にホテルがどのように対応するかを支配人が従業員に説明するシーンから始まる。非常にリアルなシーンであり、3年前のこととはいえ、既に忘れかけていたあの頃の恐怖を蘇らせてくれた。しかし話はその少し前に遡る。くるみ、毒島、奏太の3人で食事会をした時にくるみがアルコール依存症を克服した父のことを話し、その謎を毒島が解くというもの。もともとこの話をメインにしようとしたところへ、コロナ騒動が起こり、話の辻褄を上手く合わせた感じがする。

 「毒親と呼ばないで」でも同様か。奏太の同僚馬場が体調不良を訴え、コロナが疑われたため奏太も隔離されてしまう。この対応を取らざるを得なかったホテル側の考えはスゴくリアル。2020年3月のような初期段階では、PCR検査自体を受けることも困難だったのね。しかし話のメインは、毒島の勤める薬局に頻繁にくるようになった患者の話。それを隔離されている奏太が教えてもらう形をとっている。コロナ禍で薬局に来る人の数が少なくなったからこそできた、と書かれているが、これもコロナ前に考えた話を上手くリンクさせたように感じられる。

 最後の「見えない毒を制する」では、ホテル従業員の中にも発熱者が続出する。コロナ感染が疑われるが、奏太の調べとそれを聞いた毒島により、別の原因が突き止められる。1話目で出て来た喫煙室設置の話が伏線として見事に活きているのは見事。と思うと、私の推理は間違っていて、すべての話はコロナ禍以降に考えられた話なのだろうか。うーむ。

 

 いずれにしろ、コロナ禍を舞台にした話としては非常によくできていたと思う。先に書いたが、3年前とはいえ既に忘れ始めていたあの頃の雰囲気が本当によく描かれている。

 そして、全員無事に回復した後の馬場のセリフ。前作まででも自分の体や健康について無関心だった馬場が、有名TVタレントがコロナで亡くなったを引き合いに出し、真面目に健康について考えると宣言。馬場は50代の設定だろうし、著者も同世代。私も同世代なので、志村けんさんが亡くなったことは本当にショックだったし、コロナの怖さを存分に思い知らされた。

 少し前まで読んでいた「食堂のおばちゃん」シリーズでもコロナを取り上げていたが、あちらはコロナの影響をほとんど受けなかったという設定で描かれていた。本作はコロナ禍で書かれた小説、記録として非常に価値があるのではないだろうか。

 シリーズとしては、奏太と毒島の仲の進展があまりなかったことが不満だが(笑 、そちらはコロナ禍だったということで次回作以降に期待しよう。