静かな木 藤沢周平

●静かな木 藤沢周平

 藤沢周平による、海坂藩を舞台とした最晩年の短編集。以下の3編からなる。

 

岡安家の犬

 岡安家ではアカという犬と家族同然に暮らしていた。当主甚之丞は親友野地金之助から犬鍋をやるからと関口の家に誘われる。早速鍋を食べるが、それを見た金之助からその犬はアカだと告げられ激怒し金之助と斬り合いをしようとするが、金之助は相手にせず友人たちも仲裁をする。おさまらない甚之丞は金之助に、妹八寿との縁談はなかったものにすると言い捨て帰っていく。家に帰った甚之丞は家族に報告、母直は縁談取り消しは行き過ぎだと意見するが、八寿はアカを食うような人のところには嫁に行きたくないと答える。仲人から断りの知らせを受けた金之助の父金太夫は息子に激怒する。

 季節が変わり八寿に別の縁談の話が持ち上がる一方、甚之丞は金之助がアカに似た犬を探し歩いているという噂を聞く。ある日岡安家の門の外を犬を連れて歩く金之助の姿があった。それを見た八寿は初めて金之助の人柄に触れた気になる。

 

静かな木

 布施孫左衛門は息子邦之助が果たし合いをすることになったと知り、息子に会いに行き事情を聞く。邦之助は詳しくは話さなかったが、相手鳥飼勝弥に侮られたからだと告げる。勝弥の父郡兵衛は、かつて勘定奉行をしており孫左衛門の上司で、今は中老となっている。孫左衛門は郡兵衛の冥加金に絡む不正を庇ったことがあり、そのため家禄を減らされるという目にあっていたが、当の本人である郡兵衛からは礼も何もなかった。ただ郡兵衛の父平右衛門には皆世話になっており、代代わりの際平右衛門から息子を頼むと言われたためだった。

 孫左衛門は同じく不正をかばった寺井の家に行き事情を説明、当時の帳簿の控えを手に入れる。さらに当時の町奉行尾形に会いに行き、当時の調べの調書を探したいので、と力添えを頼む。しかしその調書は見つからなかった。

 孫左衛門は郡兵衛に会いに行き、息子同士の果たし合いを止めるように言うが、郡兵衛は取り合わない。仕方なく孫左衛門はかつての不正が賄賂に絡んでいたこと、調書がなくなっていることを告げる。それでも逃れようとする郡兵衛だったが、派閥争いをしている郡兵衛の弱点になることを指摘され、孫左衛門の言い分を受け入れる。

 郡兵衛の屋敷を後にした孫左衛門は郡兵衛配下の者と思われる武士に襲われるが返り討ちにする。家に帰った孫左衛門は寺井のことを心配し息子権十郎に様子を見に行かせるが、寺井は手詰めで相手を返り討ちにしていた。

 その後、尾形が動いたことにより、郡兵衛の疑惑が発覚、鳥飼は失脚し、布施と寺井の家禄も元に戻ることに。邦之助に子供が出来、孫左衛門は孫の誕生を喜んでいた。

 

偉丈夫

 片桐権兵衛は右筆役であったが、境界争いの掛け合い役に選ばれる。それは本藩海坂藩と支藩海上藩との間である山の境界を巡って毎年行われる論争だった。問題は、権兵衛が偉丈夫でありながら口下手だということだった。妻満江の助言もあり、権兵衛は掛け合いの場で何も話さずにいた。すると本藩の掛け合い役である加治右馬之助は最後に、これまでの本藩の領地を3分の1から半分にすることで良いのだなと念を押す。それを聞いた権兵衛は初めて大声で反論、本藩との一戦も辞さないと話し、驚いた加治は意見を引っ込める。

 この論争を持って、今後の掛け合いは打ち切りとなり、権兵衛を推挙した平田家老は権兵衛に加増十石を決める。

 

 BSフジ時代劇チャンネルで放送された「三屋清左衛門 新たなしあわせ」を見てその原作本だということで読んだ。藤沢周平の作品はだいぶ昔に数多く購入し読んだつもりだったが、この本は本棚にはなかった。

 非常に薄い本(115ページ)で、短編3本。原作となったこそ「静かな木」は60ページ弱の作品だが、「岡安家の犬」は40ページ、「偉丈夫」に至っては15ページほどの作品。ちょっと首をかしげたが、どうやらこれが藤沢周平の最後の短編集らしい。

 

 「岡安家の犬」は、愛犬を喰われた主人公が激怒し、首謀者と自分の妹の縁談をなかったことにすることにする。「犬を喰う」ということがショッキングな話だが、昔の日本では当たり前だったようであるのと、藤沢周平の作品世界では貧しい人々が描かれることが多いので、これは現在の価値観で考えてはいけないのだろう。そう言えば野球漫画の名作「ドカベン」の中でも、確か坂田三吉の婆さんが犬を食おうとする場面があったような気がする。

 話は後半意外な展開を見せる。愛犬を食ったことをなんとも思っていなかった首謀者が似た犬を探し、主人公の家の門前を行ったり来たり。それを見かけた妹が…という結末。主人公と妹だけが登場する話ならば、この結末は急すぎる展開のようにも思えるのだろうが、ここには主人公の祖父が登場し愛犬に対する意外な言葉を発している。この言葉があったからこそのラスト、なのだろう。

 

 「偉丈夫」は超短編ながら、登場人物片桐権兵衛の姿や人柄が目に見えるよう。ストーリー展開は全く読者の予想とおりでありながら、爽快な結末が藤沢周平の面目躍如といったところか。

 

 「静かな木」はドラマの原作であるので、上記ドラマのブログでも書いたが、やはり原作の展開の方が一枚も二枚も上である。主人公がかつて不正をかばった郡兵衛はずる賢く賄賂を使い出世をした人物。その父は篤実な人柄だったが、息子は全く異なる。さらにその郡兵衛の息子は乱暴者として描かれ、父と子であっても全く異なる生き方をする見本のようである。

 果たし合いがストーリーの発端であるが、結果的に果たし合いは行われない。ここがドラマと違う。その分、主人公とその仲間寺井が郡兵衛の手下に狙われるが見事に返り討ちにしている。

 テーマとしては主人公が欅の木に馳せる想いということだろう。枯れ木となった大木を見てあのような最期を迎えたいと考えていた主人公が、ラストで家禄が戻り初孫も生まれたことで、『生きていればよいこともある』と考える。ドラマでも里江が身ごもっていることを知り大木を見に行った清左衛門が同じセリフを吐くが、その重さはだいぶ異なるように思えてしまう。

 

 やはり藤沢周平の作品は良い。久しぶりに読み直してみたいが、藤沢作品を読み始めると他の作家の本を読めなくなってしまうからなぁ。