物書同心居眠り紋蔵 密約 佐藤雅美

●物書同心居眠り紋蔵 密約 佐藤雅美

 南町奉行所の物書同心藤木紋蔵は勤務中でも居眠りをする奇病を持つ。そんな紋蔵が様々な事件に関わることになる。以下の8編からなる短編集。

 

貰いっ子

 吹上上聴(将軍が裁きを見物)が行われることになり紋蔵は無礼討ちがあった事件について調べるよう命じられる。無礼討ちしたのは遠藤庄助、相手は女郎屋の親父久兵衛。遠藤は仕えていた旗本の借金について話し合いに行ったが断られ無礼討ちにしたとのことだったが…。紋蔵は遠藤の息子文吉を養子にすることに。


へのへのもへじ

 花岡織部正の屋敷に届いたお礼の品を騙し取るという事件が発生し紋蔵が調べることに。騙し取られた大判が意外な場所で使用されたことがわかり、紋蔵は真相を突き止める。


女軍師

 敷地の境界争いで一丸屋が奉行所に。その後紋蔵は一丸屋で下働きをする老婆お清に話しかけられる。一丸屋には与一郎という息子がいたが勘当されている、しかし先代は書置(遺言状)で与一郎に何か残したはずが火事で書置が消失してしまった、なんとかならないかという相談を受ける。紋蔵は与一郎に会いにいくが、それが意外な真相に結びつくことに。


盗っ人宿の置き手紙

 奉行所付きの町屋敷地の地代の支払いが滞っている件を調べるよう紋蔵は命じられる。井筒屋の支払いが遅れており店の主人藤兵衛に話を聞くと御武家である佐竹に金を貸したが返してもらえていないということだった。しかしその後井筒屋が夜逃げをしたと知らせが入る。不審に思った紋蔵が店を訪ねると藤兵衛が書いた紋蔵宛ての手紙が残されていた。そこには驚愕の事実が述べられていた…


お民の復讐

 紋蔵は義母お初から、海苔問屋の息子弥三郎が㫪米屋の出戻り娘お民と間違いを起こしてしまった件で相談を受ける。お初は海苔問屋のお内儀から金を借りて義父のために店を出すことになっており、紋蔵は頼みを断れない。紋蔵はお民の説得に向かうが、お民は頑として聞き入れなかった。紋蔵は諦めお初が借りた金を工面しようと、井筒屋の件で繋がりがあった近江屋に金を借りに行く。番頭佐吉が紋蔵の父に世話になったと話し金を貸してくれることに。一安心したところ、お民が海苔問屋に糞尿をまくということが起こる。


夜鷹の自訴

 紋蔵は佐吉が美人局にあったのを父親に助けてもらった事情を聞き、30年前に父親が何者かに殺された件と関わりがあると考える。奉行所で紋蔵は多数の人間で人を撃ち殺した事件のことで相談を受ける。ゴロツキたちが仲間とともに人を撃ち殺したが、最初に打ち掛かったのが幸吉だが、調べなおしてほしいとのことだった。紋蔵は幸吉の母お峰を探し話を聞こうとするが、なかなか会えずにいた。しかしそのお峰が自訴をしにやってきて、真相を語り出す。


漆黒の闇

 紋蔵は1ヶ月の休みをもらい父親殺しについて本格的に調べ始める。佐吉を騙した美人局の男が栄次だと判明、同僚大竹金吾に栄次について調べてもらうが、その際井筒屋藤兵衛の娘お知佳を金吾が探していることがわかる。そしてお知佳と栄次に繋がりがあることが判明、しかし栄次は何者かに殺されてしまう。


黒幕の黒幕

 金吾や藤兵衛の話から栄次が一橋家から大金を脅し取っていたことが判明。寒山先生に一橋家について話を聞くが手がかりはなかった。途方にくれた紋蔵は佐吉が奉公する近江屋の先代の主人に話を聞きに行き、そこで30年前の一橋家で起きたある事柄について教えてもらう。紋蔵は全てを理解し、当時一橋家におり今は隠居した長田に会いに行き30年前の父親殺しを問い詰める。しかし邪魔が入り家に帰る。そこへ上役蜂屋が迎えにきて、紋蔵は30年前の事件の全真相を知ることになる。

 

 

 前作に続くシリーズ第3作。ちょっと他の時代小説とは異なる本シリーズを楽しみに読み始めたが、その変貌ぶりにチョー驚いた。今年読んだ本の中で一番驚いたかも。

 

 これまで2冊しか読んでいないが、本シリーズの特徴は

 

(A) 他の時代小説には登場しないような職業、役職、風習や慣習などを題材に

(B) 主人公紋蔵が、ちょっと面倒な様々な事件に『巻き込まれながら』

(C) 地道な捜査をしつつ、幸運にも恵まれ、不条理ながらも解決をみる

 

というものだと認識していた。

 確かに本作でも最初の3話までの「貰いっ子」「へのへのもへじ」「女軍師」あたりまではその通りの展開をみせる。「貰いっ子」では、紋蔵が文吉という養子まで授かることに。

 しかし3話目の「女軍師」で紋蔵の父に昔世話になったという源次から父親殺害に関する話を聞いたあたりから、これまでのシリーズの特徴から外れ始める。4話目以降も、上記した(B)は続くのだが、その一方で紋蔵が30年前の父親殺しについて独自に調べ始める。つまりこれまで紋蔵は『巻き込まれて』事件を調べていたが、自らの意思で30年前の事件を調べ始めるのだ。そしてこの一見無謀な30年前の事件調査はその後も続き、最終的には真相にたどり着いてしまう。

 つまりいつも通りの様々な事件を調べつつ、もう一つの事件の解決も目指す、という短編集でありながら、30年前の事件をベースとした長編小説にもなっているということ。ここがこれまでの2作とは異なりチョー驚いた、と書いた理由である。

 

 その父親殺しの真相に近づいて行く様も大変面白く、特に8話目「黒幕の黒幕」で明かされる将軍家斉とその老中との駆け引きの話はとても面白かった。家斉や老中は以前読んだ「居眠り磐音」シリーズに出ていたこともありなんだか懐かしく感じてしまった。

 

 そしてラスト。父親殺しに関する全ての真相を知った紋蔵が取った行動。それに対する上役蜂屋の言葉。そこでスパッと話は終わっている。次の作品で紋蔵はどうなっているのか。本作の意外な展開の上での次の作品、これは楽しみである。