又蔵の火 藤沢周平

●又蔵の火 藤沢周平

 藤沢周平による短編集。以下の編からなる。

 

又蔵の火

 ハツの家に又蔵という男がやって来る。又蔵は兄の仇討ちをするために故郷へ戻ってきた。兄はその悪行により皆から嫌われており殺されても仕方ないと思われていたが、兄の姿を見てきた又蔵は兄にかわって一言言うべきことがある、との思いだった。

 

帰郷

 渡世人宇之吉は老いて故郷へ帰って来る。昔世話になっていた賭場が乗っ取られていたが宇之吉は関心を持たなかった。しかし関わりを持ってしまった若者源太、その女おくみを知ることとなる。そしてむかしの仲間佐一からおくみが自分の娘であると知らされた宇之吉はある行動に出る。 

 

賽子無宿

 江戸に帰ってきた喜之助は倒れたところを屋台の女お勢に助けられる。お勢の父がイカサマ賭博で借金を作ったことを知った喜之助は賭場でひと勝負をして金を作る。その金をお勢に渡すために喜之助はお勢の家を訪ねるが…

 

割れた月

 島帰りの鶴吉は5年前に別れたお紺を探すが見つからなかった。むかし隣に住んでいたお菊と再会した鶴吉はお菊の家に厄介になりお紺を探し続ける。堅気の仕事を始めた鶴吉だったが、お菊の父が倒れ生活が苦しくなってしまい、イカサマ賭博に手を出してしまう。

 

恐喝

 賭場で負けた文無しになった竹二郎は履物屋の前で怪我をし、それを理由に金をたかる。しかし怪我がひどくなり動けなくなったところを履物屋の娘に助けられる。その後悪い仲間の仕事を手伝い、賭場で負けた人間たちから借金取りをすることになる。金が払えない客には女を差し出させその女を売ることに。借金の代わりに若旦那が差し出した許嫁は、履物屋の娘だった。竹二郎は娘を助けるために兄貴分と闘うことに。

 

 

 先日鶴岡に旅行で行くこととなり、せっかくなのでと旅行途中に読んだ一冊。藤沢周平記念館も訪れたが、直木賞受賞50周年企画展が実施されており、その中で直木賞受賞作後に書かれた本作について著者が語った言葉が表示されていた。

 

 あとがきで著者も書いているように本作は暗い話ばかりであり、著者の言葉を借りれば「負のロマン」である。主人公は悪いヤツらばかりであり、結末もハッピーエンドであるものは一つもない。それでもこの5編の短編はどれも読んだ人間の心に残る。企画展に展示されていた選考委員たちの言葉は決して初期の著者の作品を絶賛しているわけではなかったが、それでも受賞に至ったのは、この説明のしようのない読後感なのだろう。さらに言えば、著者自身もこの「負のロマン」を書き続けるつもりはなかったと書いており、これが後の傑作群を生み出すための準備だったとも思う。

 

 2話目の「帰郷」。どこかデジャブ感があるタイトルでネットで調べたら、時代劇チャンネルで仲代達矢で映画化されていた作品だった。仲代達矢が30年来思い続けてきた作品とのこと。本作の5作品はどれも救いのない結末ばかりだったが、その中でも唯一ほんの少しだけ救いがあった話がこの「帰郷」だったかも。

 

 ちょっと不思議だったのは、最初の1編を除き、どの話も賭博で身を滅ぼすこととなった男が出てくる、という点。似た設定というのが著者らしくなかった。しかし逆に最初の「又蔵の火」が実際にあった話を基にしたもの、というのを知ってやはり藤沢周平おそるべきと感じてしまった。初期の頃から丁寧に取材をし(記念館にはそのメモが多数展示されていた)、時代小説にリアルを注入した著者ならではの作品だと言える。

 

 本作には関係ないが、藤沢周平記念館のHPで、「三屋清左衛門」シリーズの最新作の情報がupされていた。原作に使用される話も示されており、放送前にぜひ読んでおかなければ。