男はつらいよ 寅次郎忘れな草

●712 男はつらいよ 寅次郎忘れな草 1973

 何度も見ている寅さんシリーズ、しかもリリー4部作の一つなので、いつものスタイルではなく、ざっくりとしたあらすじと感想を一緒に。

 

 冒頭の夢

 時代劇。貧しい農家の娘が借金取りに連れて行かれそうになっているところに股旅姿の寅さんが小判を放る。借金取りに扮したタコ社長と源ちゃんと一戦交えて去って行く。

 農家の父親が吉田義男さん。シリーズでは劇団を率いる座長として登場するが、本編には登場しない。このパターン、第12作でも同じことを書いている。と言うことは吉田義男さんが夢シーンにだけ登場するのは本作が初めてかも。

 寅さん去り際に一言「いずれ御政道が改まりゃ…」政治が改まれば、というセリフだが、これは後の博のセリフとリンクしていると思われる。

 ちなみにチャンバラをする寅さん、刀を鞘に収める速さは見事である。夢から覚めた寅さん、雨が降っているのでその辺にあった傘をさそうとするが見事なボロ傘。「(月さん雨が…春雨じゃ)濡れて行くか」のセリフ。

 

 OP後、とら屋

 寅さんとさくらの父の27回忌の法事のため、御前様がとら屋に。法事が始まったところへ寅さんが帰ってくる。誰の葬式かと騒ぐ寅さん、皆が元気であることを知り、「じゃあ誰が死んだ、えっー、この俺か?!」の名セリフ。その後法事に参加するが、寅さんはお経をあげる御前様をネタに笑いを誘い、皆で爆笑して御前様に怒られる。

 その夜、皆に叱られる寅さんだったが、笑ったお前たちが悪いと反論、いつもなら仲裁に入るさくらが呆れて、博と満男とともに帰ってしまう。

 翌日幼稚園?に満男を迎えに行ったさくらは帰り道、ピアノのある家を眺める。さくらはとら屋へ行き、昼飯を食べている博にピアノが置けるぐらいの家に住みたいと愚痴をこぼすが、それが無理なのは承知だった。そこへ寅さんが降りてきて、事情を聞き、飛び出して行く。寅さんはおもちゃのピアノを買ってくる。

 その夜、とら屋の皆は寅さんに気を使って話をしていたが、タコ社長が全てを台無しに。恥をかかされたと思った寅さんは旅へ。博は一連の騒動を受け、広々としたところへ行きたいと愚痴る。これがこの後の寅さんの行動を示唆しているのはいうまでもない。

 さくらがケンカの仲裁をしないで呆れて帰ってしまうのは珍しいシーンかも。翌日ピアノが欲しいと聞いた寅さんは満男のものと思われる絵本を読んでいるが、その際メガネをかけている。おそらく老眼鏡と思われるが、素の寅さんがメガネをかけているのも珍しいかも。笑いやバイのためにメガネ姿になったことはあったと思うが。

 その後、寅さんが博にピアノぐらい買ってやれと言うが、博は反論。途中で寅さんに話を遮られてしまうが、ここが冒頭の夢、御政道の話とリンクしているように思える。

 

 北海道 リリーとの出会い

 旅に出た寅さんは北海道の大自然の中に一人いた。夜汽車に乗った寅さん、一人の女性客が泣いているのを目撃。汽車は網走へ。寅さんもその女性客も降りる。寅さんはレコードのバイをするが全く売れず。汽車の女性客がそんな寅さんに声をかけてくる。女性はキャバレーで歌う売れない歌手であることを明かす。二人は同じフーテンな暮らしをしており、波止場でお互いの生活は泡(あぶく)みたいなものだと話す。別れ際、女性は寅さんに名前を尋ねる。「葛飾柴又の車寅次郎だ」と答える寅さん。女性が去った後、あぶくか、と呟く。その後、女性が「リリー松岡」の名前でキャバレーに出演、歌うシーンが流れる。

 二人が語らう波止場から見えた、父親が乗っている船を見送る家族が象徴的で良い。リリーと別れた後、寅さんが一人海岸に佇む姿が映し出されるが、海岸でのこんな情緒的なシーンも珍しいかも。

 

 再び、とら屋

 とら屋に速達がくる。全く知らない北海道の栗原という人物からだったが、寅さんが職安からの紹介で農家である栗原の家で働き始めたが、3日目にはダウンしてしまったと書かれていた。さくらが北海道に寅さんを迎えに行く。

 寅さんはとら屋の2階で静養。店にめぐみという女性がきて、タコ社長の工場で働く水原を呼び出す。二人は同じ青森出身の若者で仲が良かった。そこへパチンコに行っていたおいちゃんが帰ってくる。自分が遊んできたことを詰られ恥ずかしいおいちゃんは、寅さんのことを居候と呼び話を茶化すが、それを聞いた寅さんは北海道の農家の大変さを話し、皆の態度を注意、もう一度鍛え直してくると出て行ってしまう。

 北海道に迎えに来たさくらに早速農家の暮らしの大変さを愚痴る寅さんがかわいい(笑 めぐみと水原のカップルをさりげなく描いているシーンも見逃せない。この後、このカップルを巡り寅さんが騒動を起こすのだ。

 

 リリーがとら屋へ

 とら屋を飛び出した寅さんだったが、そこへリリーが訪ねて来るいつもの展開。早速リリーを家にあげおばちゃんの手料理をご馳走する。食後、リリーが席を外した瞬間に寅さんが二人の関係性を皆に話そうとするが、その度にリリーが寅さんを呼ぶため話は進まない。リリーに「この紫の花はなんて名前」と聞かれた寅さんが「たんぽぽでしょ」と返すのは名シーン。ちなみにこの花が忘れな草であり、映画のタイトルとなっている。

 リリーはとら屋を後にする。見送りに出た皆に挨拶をするが、幼い満男の頰にキスをし口紅がべったりとつく。これも珍しい。リリーがそういう女性だととら屋の皆に認識させるためだろうか。

 

 寅さんのアリア

 夜、夕食時の寅さんのアリア。夜汽車に乗っていると涙が出て来る、という話から始まり、上流階級、中流階級の話になる。持っているもので階級を決めようとするタコ社長に、博が反論、さくらも寅さんが大切な物を持っている、それは人を愛する気持ちだと話し、それを受けおいちゃんが寅さんは上流階級の人間だと話したところで御開きとなる。

 

 リリーが再びとら屋へ

 リリーは昼間キャバレーで歌の練習をしていた。そしてとら屋へ。留守番をしていた寅さんは喜んでリリーを迎え入れる。そこへめぐみがやって来て、水原を呼び出して欲しいと寅さんに頼む。寅さんは大きな声で茶化しながら水原を呼ぶ。それを聞いて恵みは恥ずかしさから飛び出して行ってしまい、水原は怒って寅さんに文句を言う。見ていた工場の皆も寅さんに文句を言うが、リリーは二人を追いかけた方が良いとアドバイスをし、皆は二人を追いかける。

 河原に皆が集まっているのをさくらが見かける。めぐみと水原に博は寅さんの態度を謝るが、この際本当の気持ちを伝えるべきだと水原に話し、水原はめぐみに告白をする。

 夜その話を聞いたリリーは若い二人を羨ましがる。工場では若い二人を皆が祝福していた。とら屋ではいつしか寅さんの恋の話に。寅さんは言う。「友達が来てるんだよ今日。もう少し気を使ったらどうなんだよ」それを聞いていたリリーが大笑い。寅さんの恋の遍歴を聞きたいと言い出す。皆に話すなと言う寅さんだったが、いつの間にか自分で話し始め次々と女性の名前をあげてしまう。そこへ帝釈天の鐘の音が。リリーは寅さんの話を聞いて、私も恋をしたいと言い出す。皆からこれまでの恋の話をして欲しいと言われたリリーは、私の初恋の相手は寅さんかも、と話す。それを受けて寅さんの第一声「リリーしゃん」。舌が廻っていない寅さんだった(笑

 

 ここは名シーン。リリーしゃん、と呼んだ後、この店の人間は素人だから、と言い訳をする寅さんが微笑ましい。またこのシーンで見事なタイミングで帝釈天の鐘の音が入るが、本作では何度もこの鐘の音が実に見事なタイミングで鳴らされる。

 

 その夜、リリーはとら屋に泊まることに。隣の部屋で寅さんが寝ていると聞いたリリーは何度も寅さんの名前を呼ぶことに。その度にそれに答える寅さん。

 

 そして終盤へ

 北海道の栗原からお礼の手紙が届く。さくらが兄が世話になったからといろいろと贈り物をしたことに対するお礼だった。寅さんは返事を書こうとするが、結局さくらが代筆することに。

 さくらの家。さくらは博とリリーのことを話す。さくらはリリーは賢い人だから自分で幸せを見つけるはずだと語る。

 寅さんは源ちゃんを使ってバイをしていた。その頃リリーは母親会いに行っていた。金をせびられた上で自分の店に来なかったことを母親になじられたため、リリーは怒ってアンタなんていなくなればいいと思っていると話してしまう。

 その夜、遅くにリリーが酔っ払ってとら屋へ。寅さんはなんとかリリーの相手をしようとするが、リリーは旅に出ようと寅さんを誘う。しかしもう夜更けで汽車もないと答える寅さんだったが、リリーは寅さんにはこんな良い家があるんだものねと言い大声で歌い出してしまう。ここは堅気の家だと止める寅さんと言い合いになるリリー。最後に「寅さん何も聞いてくれないじゃないか、嫌いだよ」と言って出て行ってしまう。

 

 お互いが似ていることに気づいている二人。しかしリリーが母親とのことがあり酔っ払いとなり深夜のとら屋を訪ねても、寅さんは酒を飲ませようとするだけで、普通とは異なるリリーに何があったのかを尋ねようとはしない。いつもの寅さんなら、どうした、の一言があっても良さそうに思うが、この後の展開のためか、何も言わない。そんな寅さんにリリーは怒りを爆発させ店を去ってしまう。

 

 翌日、さくらは一連の話をおばちゃんから電話で聞く。そして寅さんが出かけたことも。寅さんはリリーのアパートを探したどり着くが、もぬけの殻で、隣の住人から今朝方出て行ったと聞く。

 上野駅の食堂。さくらが寅さんのカバンを抱えて入って来る。寅さんはリリーがもしとら屋を訪ねて来た時のことをお願いし、満男にこずかいをやろうと財布を出す。しかしさくらはその財布を取っって自分の財布から金を入れる。

 季節が変わり、夏。とら屋ではめぐみが待っていた。そこへさくらがやって来て、リリーからの手紙を読む。歌手をやめ店の女将さんとなっているとのことだった。さくらはリリーを訪れる。リリーは結婚し夫と一緒に寿司屋をやっていた。リリーは本当は夫より寅さんが好きだったと話す。さくらは寿司を買って帰り、とら屋の皆にその話をする。おいちゃんはそれを寅に聞かせたかったと話す。その頃寅さんは北海道の栗原家の農家を訪れていた。

 

 正月にTVでリリー3部作を連続放送していたので録画、今回それを観ることに。

 シリーズ第11作にして、リリー4部作の1作目。男はつらいよはマンネリだと言われながら、どの話も展開の上手さが特徴的だが、その中でも本作の展開は実に見事。

 観客は定番シーンを好むと思うが、その中の一つが、寅さんがとら屋を出て行こうとしたところへ、マドンナがやってきて、寅さんが手のひらを返しとら屋に戻って来るシーンだと思う。本作でもそれが行われるが、ここに至る過程が上手い。

 冒頭、寅さんは一度とら屋へ戻ってきている。しかし法事やピアノのことがありとら屋を出て北海道へ。そこでリリーと出会い自分の生活を見直すために農家で働くが、そこでダウンしたため、さくらによりとら屋へ連れ戻されているのだ。

 ここまでの流れ、法事(笑)→ピアノ騒動(悲)→マドンナとの遭遇(喜)→農家でダウン(笑)と、喜劇と悲劇を繰り返し、定番のマドンナをとら屋へ迎えるシーンとなっている。

 マドンナがとら屋に来たら、定番は夕食シーン。本作では寅さんの恋の遍歴からマドンナの恋物語へと展開、リリーが初恋の相手は寅さんかも、と話す流れ。ここまでの10作品で、寅さんがマドンナから愛を告白されるのは初めてだろう。前作10作での千代にほのめかされるシーンはあったけれど。

 

 そして定番マドンナとの別れ。リリーが母親に会いに行ったシーンからの深夜のとら屋。ここまで見せて来た自由奔放なのとは少し異なるリリーの態度、観客はリリーに何があったか知っているため違和感はないが、とら屋で寝ていた寅さんにはそれがわからなかった。その不満をぶつけたリリーは去って行ってしまう。ここも非常にわかりやすい別れの理由となっている。珍しいのはリリーが去った翌日、寅さんがリリーのアパートを訪ねるシーン。いつもならフラれたと判ればサクッと旅に出る寅さんだが、アパートまで訪ねるのは非常に珍しいと思う。

 

 ここまで10作品のマドンナとは全く異なるマドンナ像を築き上げたリリー。ラストで別の男と結婚している姿を見せるのも珍しいが、ここまで描かないとリリーと寅さんの仲が終わったことをしっかり示せないからなのだろう。

 しかし2年後、4作品後の第15作でリリーは戻ってくる。山田洋次監督、リリーという大鉱脈を掘り当てたことに気づいたのだろう(笑 後2作品あるので、リリー3部作を楽しんで観ることにしよう。