戻り舟同心 更待月 長谷川卓

●戻り舟同心 更待月 長谷川卓

 同心を息子に譲り隠居していた二ツ森伝次郎が奉行所から永尋(ながたずね〜未解決事件)の担当として復帰する。同僚だった染葉、現役時代に使っていた岡っ引き鍋虎と孫の隼などと一緒に事件解決に奔走する。シリーズ第4作、以下の6編からなる短編集。

 

「更待月」

 伝次郎たちの姿を見て逃げ出した窩主買の倉吉を捕まえるとある根付が見つかる。それは12年前に発生した薬種問屋讃岐屋皆殺しの際に盗まれた品だった。永尋となっているその事件。伝次郎は倉吉から入手先を聞き、大工の繁次郎に行き当たる。しかし繁次郎はすでに殺されていた。繁次郎が仕事で入った先から根付を盗んだことを知った伝次郎はその仕事先池田屋に目をつける。池田屋の奉公人たちを調べて行くうちに確信を持った伝次郎は、女装した花島に根付を持たせ、池田屋を訪ねさせる。そして花島を襲おうとした池田屋一味を一網打尽にする。

 

晦日鍋」

 草履問屋吉田屋の隠居の家に泥棒が入ったと届けが出る。しかし3両を盗まれただけで、高価な品などは無事だった。一方、半吉が惚れている茶屋女に袖にされる。

 伝次郎は晦日鍋をしようと言いだし皆が鍋寅の家に集まる。そこで伝次郎は13年前に起きた富籤にまつわる殺人事件について話し始める。それは富籤に当たったと嘘をついた男が殺された事件で、隣に住む男の目撃情報があったが、隣に住む夫婦が寝込んでいたことなどもありなかなか犯人が見つからなかった。しかし意外な犯人がわかる。

 伝次郎は聞き込みの難しさを若い者たちに語り、吉田屋の事件の真相も言い当てる。

 

「桜湯」

 八十郎と伝次郎の朝の家での風景。二人とも桜湯を口にしていた。

 

「とても言えない」

 正次郎は奉行所で御仕置裁許長を補修していた。友人から伝次郎が扱った事件が載っていると聞きその事件を読む。それは16年前、病で寝たきりになった妻浪を殺し自分も死のうとしたが死ねず逃亡した夫亀吉の話だった。

 家に帰った正次郎は母伊都にその話をする。すると伊都は亡くなった浪の17回忌であることから墓参りに行こうと言い出す。母と一緒に浪の墓参りをする正次郎だったが、そこで亀吉に声をかけられる。驚く正次郎だったが、そこには伝次郎たちが亀吉を待ち構えていた。

 

「辻斬り始末」

 辻斬りが発生する。しかも首が斬り落とされた状態で。それは6年前まで連続で起きていた辻斬り介錯人と呼ばれる事件に酷似していた。伝次郎たちは6年ぶりという点に注目する。

 伝次郎たちは小牧とその道場仲間一色喬太郎と出会う。小牧は真夏を喬太郎との稽古に誘う。稽古を見た真夏は喬太郎が小牧に勝てるのに勝たなかったのを疑問に思う。喬太郎が5年国に帰っていたことなどから伝次郎たちは喬太郎を疑い始め、喬太郎と小牧を酒宴に誘う。しかしその夜首切り辻斬りが発生する。

 喬太郎は自分への疑いを晴らすために用人古谷に自分の代わりに辻斬りをさせていた。しかしその用人が首切り辻斬りに殺されてしまう。疑いを強めた伝次郎たちの元へ用人の娘峰が父の手紙を持ってくる。それは喬太郎の辻斬りを告発する手紙だった。

 伝次郎たちは喬太郎を見張り彼が辻斬りする現場を押さえる。喬太郎と小牧は真夏への想いを口にし、立ち会う。そして小牧が喬太郎を斬り捨てる。

 

浅蜊の時雨煮」

 真夏は仕事を離れ一人で街を歩くことに。伊都と食事をし庭仕事を手伝ったのち、街を歩く。そこで老人が浪人退ける現場を目撃、老人に話しかける。老人は浦辺安斎といい、道場を閉じたばかりの剣士だった。真夏は彼に稽古をつけてもらい、道場に通い始める。やがて小牧もそれに参加することになる。二人が浦辺に稽古をつけてもらっているところへ、道場の門弟鷹取がやってくる。彼は浦辺が持つ秘太刀を教えてもらい道場をつぐつもりだったが、浦辺にその意思はなかった。浦辺の言葉で鷹取は真夏を立ち会うが良いところなく負けてしまう。真夏は鷹取に一緒に稽古をしましょうと誘う。

 

 シリーズ4作目。前作は長編で一つの事件を伝次郎たちが追う面白さがあったが、本作は短編集。しかし出来は本作の方が上だと感じる。事件らしい事件は「更待月」と「辻斬り始末」の2編。

 残りの3編は、伝次郎とその仲間の生活風景が中心だと言える。しかしこれが抜群に面白かった。「晦日鍋」は昔の事件を語る伝次郎という一風変わった話かと思いきや、その話が今追っている事件に通じるところがあるというオチ。「桜湯」はたった10ページの短編。二人の朝の風景を描いただけのもの。しかしこれが絵になる。「浅蜊の時雨煮」は女性剣士真夏と小牧の淡い恋の話でありながら、真夏や小牧の人となりがとてもよくわかる話。真夏も小牧も本当に気持ちの良い人間である。

 

 前作でも書いたが、本当に完成度の高いシリーズだが、一応これがシリーズ最終作。しかしこの作品の数年後に「新戻り舟」シリーズとして復活したようだ。4作しか読んでいないが、伝次郎とその仲間たちの魅力に魅せられてしまった者としては、当然まだまだ彼らの活躍を読んでみたい。