盤上のアルファ 塩田武士

●盤上のアルファ 塩田武士

 社会部から文化部への異動を命じられた秋葉隼介、年齢制限で奨励会を退会したが将棋が忘れられない真田信繁。二人が出会ったことで繰り広げられるドラマ。真田はプロ棋士となるために試験を受けることになるが…。「秋葉隼介」「真田信繁」「出会い」「真剣師」「編入試験」の5編からなる長編。

 

「秋葉隼介」

 秋葉は嫌われているという理由で文化部へ異動を命じられ、将棋の担当記者となる。女流棋士のタイトル戦を取材することになり、関というベテラン記者とコンビを組むことに。将棋に全く関心がなかった秋葉だったが、タイトル戦を観戦しているうちにその面白さに気づいていく。勝負に敗れた女流棋士遊佐との会話が印象的。

 

真田信繁

 アマチュア将棋大会で優勝した真田。彼は友人もおらずバイトで生計を立てていたが、バイトをクビになってしまう。彼は幼少期、母親が男を作って蒸発、父と暮らしていたが、父も借金まみれの生活だったが、父は真田に将棋を教え、真田は次第に強くなっていく。ある日父が借金取りに拉致され一人になってしまうが、そんな真田の元へ林鋭生と名乗る男がやって来て、真田に将棋を教える。しかし真田の叔父が彼を引き取りに来て、林との生活は終わる。叔父宅での厳しい生活を続けていたが、中学卒業した日に叔父を殴って家を飛び出してしまう。

 

「出会い」

 秋葉と真田が小料理屋で出会う。お互いの素性を知り、秋葉は真田がプロ棋士を目指していると知るが、なれるはずがないとバカにしケンカになってしまう。家賃滞納をした真田は家を追い出される。彼は秋葉を頼り彼の家へ。小料理屋の女将静も来ており、奇妙な3人での同居生活が始まる。真田が試験を受けるまでの3ヶ月という約束だったが、真田は仲間を家に引き入れ秋葉は激怒する。

 

真剣師

 秋葉の職場へ林が訪ねてくる。そして林と真田は再会、林による指導対局が始まる。

 

編入試験」

 真田の試験が始まる。8局中6局の勝利が合格の条件だったが、5勝2敗で最終局を迎える。対局後、秋葉は真田の隠された秘密を知ることになる。

 

 「駒音高く」を読み将棋小説の面白さを再発見してしまったため、選んだ一冊。何の前情報もなく読み始めたため、第1章「秋葉隼介」を読み終えた時に、これで終わらせるとは、なかなか思い切った短編だな、と思っていた。しかし第2章の終わりで、さすがにこれは短編ではないなとやっと気づく(笑

 「駒音高く」は様々な棋士奨励会員などを主人公に据えた短編だったが、こちらは文化部記者とプロ棋士を目指す一度挫折した将棋指しが主人公。共に33歳という微妙な年齢なのが妙にリアルである。人生の長さを考えればまだまだ若い年代と思うが、本人からすれば、この先の人生を決めていかなければいけない時であるというのが本当にリアルだと思う。

 第1章のやりきれない虚しさ、第2章の家族に振り回される不幸な子供を描き、全体的に暗い話だと思ったが、第3章で一気に話は逆転、ユーモア溢れる展開となっていく。そう言えば、最終章で「逆転」がキーワードとなるが、物語全体の構成もこれに準じたのだろうか。

 他にも、話に登場する人物たちのキャラが立ちまくっている(笑 主人公二人はもちろん、謎の師匠である真剣師、タイトル戦前日に口げんかを始める若き女流棋士挑戦者、不思議な雰囲気を醸し出す小料理屋の女将、秋葉の同僚でありながら全くやる気を感じさせないベテラン記者、など。ネットでは関西弁の会話も取り上げられているが、これもテンポが良くスイスイと読めてしまった一因だろう。

 読み終えてから調べたところ、ドラマ化もされており、続編もあるそうだ。どちらも見てみたい。真田はプロ棋士になれたのだろうか。秋葉は文化部の記者を続けているのであろうか。気になる。