明屋敷番始末 北町奉行所捕物控 長谷川卓

明屋敷番始末 北町奉行所捕物控 長谷川卓

 裏表紙内容紹介より

 「手柄を立て、伊賀者の地位を上げられるような大戦がなくなってから久しい。我ら伊賀者は子々孫々まで三十俵三人扶持で我慢するしかない…」一人の伊賀者が貧困の末に病に果てたことをきっかけに、明屋敷番の有志たちが決起した。財の有り余っている大名家や旗本家から金子を盗みだし、それを伊賀者に分け与えるというものだった。当初、順調にいっていた盗みだったが、ある晩に、人を殺めてしまう。鷲津軍兵衛率いる北町奉行所と忍びを極めた伊賀者たちとの苛烈なる闘いが始まる…。書き下ろしで贈る大好評シリーズ第七弾。

 

 北町奉行所同心鷲津軍兵衛が、同僚の同心や岡っ引や下っ引と共に事件を解決していくシリーズの第7作。以下の7章からなる長編。

 「明屋敷番伊賀者」「伊賀の縫い針」「物の怪」「組頭・柘植石刀」「蠟燭問屋山城屋」「旗本屋敷」「仕置」

 

 明屋敷番伊賀者の皆は生活が困窮している。配下の横田の死と残された遺族を目にした小頭の望月は覚全和尚の誘いを受け、配下の川尻、小寺、笠原に、大名家や旗本から金子を盗み、伊賀者の暮らしを助ける、という提案をする。配下の者たちはそれを受け入れ、望月たちは盗みを始め、少額ではあったが成功し続ける。

 同心小宮山が盗人を見たという町人安吉から証言を得る。それを受け、盗みに入られたと思われる塩谷家に話に行くが、塩谷家では盗人に入られたとは言わなかった。

 明屋敷番の組頭柘植は、蠟燭問屋山城屋が伊賀者に金を融通しているという噂を聞きつけ、桜井に調べさせる。しかし桜井は誰が言い始めたことなのか突き止めることができなかった。柘植は桜井に山城屋を調べさせる。

 望月たちは盗みの回数の割に金が集まらないため、大藩前田家を狙うことに。しかし藩にも金子を奪われる事件が多発しているとの知らせがあり、前田家では見張りを増やす。その中には浅川という男がいた。浅川が寝ずの番をしている時に盗賊に入られ、金子だけではなく家紋の入った文箱まで盗まれてしまう。

 望月たちは次の屋敷に盗みに入るが、そこで警護の武士を殺してしまう。望月たちは警護の者を殺害したことで集まり話をするが、そこを桜井に見つかってしまう。望月たちは桜井に事情を説明するが桜井は受け付けない。争いになり覚全が桜井を伊賀の縫い針と呼ばれる鑿(さく)で殺害。彼らは桜井の死体を溝川(どぶがわ)に捨てるが、読売に発覚するのを恐れ、関係のない自身番を襲いそこにいた者たちを殺害する。

 鷲津は桜井の死体を検分する。錐のようなもので殺害されたことを知り怪しむ。その時怪しい男を見つけ千吉たちにつけさせるが、あっさりと巻かれてしまう。しかしその男が逃げるところを隠密廻りの武智が見ていた。

 柘植は桜井が行方不明になったため、山城屋を見張り始める。さらに奉行所に出向き、殺人がなかったかを調べ、桜井が殺されたこと、死因が錐状のもので刺されたためと知理、殺されたのは桜井だと告げ、捜査から手を引くように求めるが、同席していた三枝は軍兵衛がそれは認めないだろうと話す。鷲津は、桜井と自身番の殺害方法が同じであることに注目する。

 柘植は番所で絵図面が密かに見られた後があることを確認、内部のものの犯行だと確信する。鷲津は千吉たちに明屋敷番組屋敷を見張らせ、そこから山城屋を怪しいと睨む。ある時鷲津は帰り道で3人組に襲われる。千吉たちの機転と柘植が駆けつけたことで助かったが、争いの中で鷲津は3人組の一人の右手に怪我を負わせ、彼が落とした武器を手に入れる。

 隠密廻りの武智は鷲津に頼まれ、山城屋のことを調べていた。その道中襲われ怪我をする。それは錐状のものであった。鷲津は宮脇から敵の使った錐状の武器が鑿だと教えられる。鷲津は大名家が盗まれた品を探すために蛇骨の清右衛門にまた会いに行くが、あいにくと留守のため、根津の三津次郎を紹介される。そして火付盗賊改の松田に会いに行くが、盗みに入られた旗本家に行きたいと頼むが、柘植も一緒だと言われる。

 柘植と一緒に旗本家の床下を調べた鷲津は、柘植から事情を明かされ、自らも知っている情報を伝える。柘植は番所に戻り、右手に怪我を負っているものを探す。

 柘植は鷲津を呼び出し、道場で酒を飲む。そこへ望月たちが現れ二人を襲うが返り討ちに。二人はその足で覚全に会いに行く。覚全は柘植と組頭の手によって始末される。鷲津は三津次郎が取り戻した盗品を持って松田に会いに行き、事件の始末について聞く。

 

 前作に続く第7作。本作はこれまでと異なり、犯罪者側の視点から話がスタートするいわゆる叙述型と言える。さらに2つの事件を並行して描くのが普通だったシリーズだが、事件は伊賀者たちの盗みだけに絞られている。

 生活に困窮する仲間たちを救うため、伊賀者望月たちは大名家などへ盗みに入り、その金で配下のものたちの生活を救おうとする。そこには鍛錬を続けている自分たちの自負とそうではない大名、旗本への怒りがある。叙述型であるがゆえに、ここまでは伊賀者たちに共感できるが、盗みを続けて行く中で警護のものを殺めてしまうあたりで、話が変わってくる。さらに盗みの割に金が集まらないことに苛立つ望月たち。それとは対照的に組頭であり、前作にも登場した柘植は山城屋の動きに不信を覚え始め、配下の桜井に調べを始めさせる。その桜井も望月たちの手にかかり、彼らは引けない状態になってしまう。

 これらメインの話は、柘植、望月、軍兵衛と3者3様の動きを見せ、なかなか面白かった。終盤、鷲津と柘植が組んで事件解決に向かうのも見せ場たっぷりといった感じ。

 サブエピソードとしては三枝が柘植に軍兵衛のことを話すシーンが最高であり笑わせてもらった。捜査から手を引くことを願う柘植に対し、軍兵衛の奔放ぶりを語る三枝の可笑しいこと。一方、周一郎や蕗のエピソードが少なめなのは仕方なしか。蕗が会話の中で照れるシーンが可愛かったが。

 前作で登場した豆松が全く登場しなかったのも、年齢的なことを考えれば仕方なしか。この先での登場が待たれるが、本シリーズは次回作が最終作であることが悲しい。つくづく惜しい作家をなくしたと思う。