モップの精は旅に出る 近藤史恵

●モップの精は旅に出る 近藤史恵

 女性清掃員キリコが様々な職場で起きる事件を解決していく。

 以下の4編からなる短編集。

 

深夜の歌姫

 英会話教室に勤める戸波翔子。教室に翔子宛に郵便物が届き、中は婚姻届だった。相手は中沢という男性で教室の生徒だが、翔子は一度カウンセリングで話したことがある程度の付き合いだった。不審に思った翔子はその日中沢が教室に来る前に退社するが、忘れ物に気づき、夜遅くに教室へ戻る。そこでキリコと出会う。外には中沢が待っていたため、翔子はそっと抜け出す。翌日その中沢が殺されたという知らせが入る。翔子は驚き、キリコに相談する。

 

先生のお気に入り

 英会話教室に新聞記者の木野みなこが入って来る。ハンサムで人気のハンソンに早速気に入られるが、ハンソンファンの他の生徒が木野を無視し始め、それがいじめに発展していく。翔子は気になり木野やハンソンに話すが、二人とも気にしていなかった。ある日、木野が教室から帰ろうとした時、見知らぬ女性に刺される事件が発生する。

 

重なり合う輪

 森田伊智雄はコワーキングスペースを借りている小説家。他のメンバーも同じ大学に通っていた仲間たちだった。ある日その中の一人、畠山がそこで倒れているのを清掃員キリコが発見し、森田に報告する。倒れたのは糖尿病が原因だったが、キリコはそれが他の人間による仕業ではないかと疑いを持つ。それを聞いた森田は畠山と他の人間の交友関係を調べ始めるが…

 

ラストケース

 キリコの姉、菜々が急死する。キリコはその後仕事もせず家に閉じこもってしまう。その後、キリコは一人で旅に出る。その後大介にキリコの父から連絡が入る。そこで大介は菜々の離婚にキリコが関係していることを知る。キリコは、菜々が離婚後キリコに冷たい態度をとった理由を探っていたのだった。キリコが帰ってこない状態が続き、大介に謎の手紙が来る。そこにはキリコが知らない男性とホテルのロビーのようなところにいる写真だった。嫌がらせをする人間がいることに気づいた大介は、キリコに会いに行き、一緒に謎を探る。

 

 シリーズ5作目にして完結編。このシリーズの特徴は、3作目で書いたように「犯人の身勝手な都合で起こされた事件がほとんど」であり、本作も同じ。犯人の身勝手さは人間の考えの怖さでもある。ただ、本作ではそれがそれぞれの話の中で起きる事件を起こした本人、というわけでもなく、そのきっかけとなった事件の犯人、というところがひねりがあって面白い。

 「深夜の歌姫」の謎の婚姻届。そんなこともあるのかも、と思わないでもないが、というのも怖いところ。見境いのない男性がやりそうなことであるが、女性欄の名前が入っていない婚姻届がトリックだというのは見事だと思う。

 「先生のお気に入り」はちょっと動機が重い話。いじめ問題はここ何十年も日本にある話だが、大人のそれは本当に情けないと感じる。状況や場所が異なるような話は実際にいくらでもあるのではないだろうか。

 「重なり合う輪」は1話目の逆をついている。男性の無関心さ、無配慮な行動が腹立たしい。ただスポーツドリンクは味がそれぞれ相当違うのはよく知られていることであり、トリック的にはどうだったか。

 「ラストケース」は、いつものように大介とキリコの二人の話。シリーズ完結編の最終話。お互いを信用し合う二人が、キリコの姉に関する謎を解き明かす。キリコの姉の突然の登場とその死に驚かされるが、シリーズを通して人間の身勝手さを描いてきた作品としては仕方なしか。ここに登場する犯人の男性も本当に気持ちが悪い行動をとる。

 

 これでシリーズが終わってしまうのは本当に残念。私はこの1ヶ月ほどでシリーズを読破したが、著者にとっては20年近く書き続けてきた作品であり、小説の中の時の流れと実際の時の経過の隔離が原因と言われては仕方ない。いつも元気に掃除をするキリコとどこかで出会える日を楽しみにしておこう。