●放課後レシピで謎解きをうつむきがちな探偵と駆け抜ける少女の秘密 友井羊
裏表紙紹介文より
猪突猛進でトラブルを起こしがちな夏希は、高二になって調理部へ転部する。同じ時期に入部してきたのは、内気なクラスメイトの結。正反対の二人は部活で一緒にパンを焼くことに。でも、なぜか夏希たちの作ったパンだけが膨らまない!原因を究明しようと奔走するうち、お互いのことを知っていく二人。やがて周囲との関係も変化して…。少女たちの友情がきらめく、極上の料理×青春ミステリー。
以下の8編からなる短編集。
膨らまないパンを焼く
夏希と結は調理部で一緒にパンを焼くが二人のパンだけ膨らまなかった。
「チョークとイースト菌」
足りないさくらんぼを数える
写真部の部室にあったさくらんぼが盗み食いされ、数が足りなくなっていた。
「ディスカリキュア」
なれないお茶会で語らう
結は夏希や他の友人と家庭科準備室でお茶会を開く。結が作ってきたマドレーヌが入った箱がなくなるという事件が起きる。
「ナツメの葉の成分ジジフィン」
固まらない寒天を見逃す
結が休んだ日、調理実習で夏希は牛乳寒天を作るが失敗してしまう。
「舞茸の酵素」
落ちない炭酸飲料を照らす
陸上部の部室で現金が盗まれる事件が発生する。夏希は以前自分が陸上部を辞めた理由を結に語る。
「ビタミンB2とブラックライト」
食べられないアップルパイを訪ねる
調理部に復帰した夏希と結はアップルパイを作るが夏希はアップルパイのシナモンの匂いが苦手だと話す。
熟していないジャムを煮る
結は夏希の家を訪れ、夏希の妹千秋と一緒にプルーンでジャムを作る。後日その千秋が行方不明になってしまう。
「ピンクの牛肉と一酸化炭素」
かけがえのない誕生日ケーキを分け合う
結の誕生日を祝いまた家庭科準備室でパーティを開くことに。しかし夏希が結へのプレゼントをなくしてしまい皆で探すことになる。
「動物性クリームと植物性クリームの違い」
「スープ屋しずく」シリーズの友井羊さんの作品。姉妹作として「スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫」があり、本作はその続編とも言える。
吃音を持つ少女とその友人が主人公だった「スイーツレシピ〜」に対し、本作は発達障害の疑いがある夏希と内気で人前で話すことが苦手な結のコンビが主人公。前作もある意味バディものだったが、本作は二人ともが自分に対する引け目を感じている点が異なる点。NHKで放送していた「アストリッドとラファエル」というドラマを彷彿をさせる気もする。そのためか、「スイーツレシピ〜」に比べ感情移入しやすくスイスイと読めた気がする。また主人公二人だけではなく、他の障害を持つ生徒や夏希の妹も登場し、障害を持っていること自体が珍しいことではないのだという世界観がはっきりとしていたためということもあるのだろう。
8章で構成される本作だが、ちょっとした仕掛けがある。章ごとに語り手が夏希と結で、交互に交代するのだ。これまでの作品でも様々な仕掛けをしてきた友井羊さんなので、2章でこれに気づいて以降、注意深く読んでいたがこれを使ったトリックそのものは登場しなかった。ただし語り手が交代することで、その章で登場人物側に回る人間の心の中がストレートには表現されないことで、それが最終的に明かされる展開が多かったように思う。
「スイーツレシピ〜」にも書いたが、「スープ屋しずく」シリーズでも著者は弱者に対する優しい視線で作品を描いており、本作のその真骨頂とも言える。様々な障害が作品の中で説明されると同時に、障害を持つ人間の感情も描かれる。他者からの誤解、障害が明かされた時の拒否感、それが友人や知り合いだけでなく家族の中にも現れてしまう悲しさ。非常に重いテーマだが、主人公二人の友情が築かれて行く様子も読むことができるため、悲壮感は感じないで済むのが、著者の上手いところだろう。
「スイーツレシピ〜」のような大掛かりなトリック(これは吃音である登場人物に関する相当大掛かりなトリックだった)はなかったが、夏希の姉妹に関するあるトリックが終盤に明らかになる。ただ私は読んでいる最中から本作で明かされる真相の通りだと思って理解していたので驚きはなかったが、著者のミスリードの通りに進んだ第6章のラストは読んでいて辛かった。それを許した夏希の懐の深さに救われたが。
「スイーツレシピ〜」の最後のエピソードに結が登場しているようだが、正直記憶にない。あぁ、こんなことをされるともう一度「スイーツレシピ〜」を読みたくなっちゃうじゃないか(笑