起死の矢 大江戸定年組 風野真知雄

●起死の矢 大江戸定年組 風野真知雄

 大江戸定年組シリーズの第3作。町方同心の藤村慎三郎、三千五百石の旗本夏木忠継、町人の七福仁佐衛門はそれぞれ隠居をし、息子に家督を譲った。仲の良い3人は景色の良い家を探し、そこを「初秋亭」と名付け、隠れ家とすることに。しかしただ景色を観ているだけでは飽き足らず、様々な厄介事を解決するために奔走し始める。以下の5編からなる。

 

「猿轡の闇」

 前作終わりで倒れた夏木は意識を回復しない。そんな折、藤村の元に初秋亭の隣の番屋の源さんが訪ねてくる。黒江町で家に賊が押し入り、何も取らず猿轡をするだけでしばらくその家にとどまるという事件が連続して起きたとのこと。藤村たちは被害にあった家のものに話を聞くが、賊の目当てはわからなかった。その頃、町方は伝説の泥棒荒海新五郎がまた現れたと騒ぎになっていた。3度目の賊の騒ぎが起こり、賊が畳に耳をつけていたということが判明する。藤村はもぐらと呼ばれる地下に穴を掘る泥棒の手口を思い当たる。狙われている千秋屋を見張っていた藤村たちは意外な真相に辿り着く。

 

「立待の月」

 夏木の意識が回復する。喜ぶ藤村たちは海の牙で祝杯をあげる。そこで十七屋(私設飛脚)の良太と出会い、彼から不思議な仕事について話を聞く。それはおにぎりを毎日届けるというものだった。その良太がおにぎりを届ける途中に何者かに襲われたと聞き藤村たちは良太を警護、悪漢たちを退治する。不思議な事件だったが、仁左衛門がその謎解きをする。


「尚武の影」

 仁左衛門は息子がする商売が気に入らなかった。そんな折、永代寺門前の八百屋若松屋の多兵衛が初秋亭に相談にやってくる。家の裏の蔵から古い甲冑が見つかったという話を仁左衛門が聞く。甲冑を見た仁左衛門は夏木の三男洋蔵に甲冑を見てもらうが、甲冑がある理由はわからなかった。藤村は八百屋の裏が質屋玉木屋と繋がっていることに気づき玉木屋を訪ねる。そこには軽薄そうな若旦那がいた。八百屋に若い娘がいることを聞いた藤村は真相に辿り着く。


「起死の矢」

 藤村の息子康四郎が番屋にいる時男が訪ねてきて、弁慶屋のおたまを殺してくれと頼んでしまったと話すが、直後に矢に刺され死んでしまう。残された矢から黒羽錦二郎という殺し屋の名前が上がる。殺されたのは油問屋の山崎屋伊兵衛だと判明するが、弁慶屋おたまが誰かわからなかった。鮫蔵が藤村を呼び出し、黒羽と思われる竹二郎という男の家を見せる。藤村たちは竹二郎の家を見張るが、家の裏にあった矢場で女が殺され火をかけられてしまう。女は塗り物や弁慶屋の女主人おたまだった。黒羽の仕業に間違いないと思い藤村たちは家に乗り込むが、途中に障害物があり、家にいた黒羽が矢でおたまを射るのは無理だと思われた。藤村たちは弓の名手夏木に相談、夏木はそのトリックを見抜く。


鎌鼬の辻」

 海の牙で飲んでいた藤村たちに店の主人安治が相談を持ちかける。知り合いの辻番弥平は辻番の前を通る助六がいると言い、何のためにそんなことをしているのかを知りたいと話す。藤村が辻番で見張ると老人に姿をした者、女の姿をした者、助六が通るのを目撃する。藤村はそれが同一人物であり、意休、揚巻、助六の扮装だと気づき、男に何のためにそんなことをしているのか尋ねるが、男はただの楽しみだと答える。しばらくして弥平はその助六が殺されるのを目撃する。藤村は相談を受けるが理由がわからなかった。仕方なく自分も助六の姿をして町を歩いた時に、屋敷の二階から自分を見ている揚巻の姿をした人間を見かける。藤村は男が扮装していた理由を推理、殺しの犯人を掴めるために一芝居を打つことに。

 

 前作終わりで倒れた夏木の意識が回復しないところからスタート。2話目で意識は回復するが、左半身に後遺症が残ってしまい、絶望した夏木は3話目で切腹しようとする。それでも藤村たちの後押しもあり、夏木はリハビリに取り組み、最終話では初秋亭まで自力で歩けるまでに回復する。

 前作も第1作に比べれば、地味さはなくなり面白くなってきていたが、本作は各エピソードの謎がだいぶレベルが高くなってきて、「日常の謎」系江戸版といった感じなっており、面白さが増した。「賊として押し入るが何も取らずにしばらくその家にとどまる泥棒」「飛脚を立ててまで届けるおにぎり」「八百屋の蔵に現れた甲冑」「絶対に射ることのできない場所への弓矢」「芝居の扮装をした男が殺された理由」。どれも現代の話としても通じる謎だが、それを時代小説にして射るのが面白い。

 サブエピソードも、夏木の回復もあるが、藤村の息子が発句に惹かれ始めかな女とのことで藤村がやきもきしたり、仁左衛門の息子が商売でヘタを売ったり、とバラエティにとんできている。

 ラストでは、今度は仁左衛門の店が潰れた、というシーンで終わる。これでは、前作同様、続きを読まないわけにはいかないじゃないか(笑