シベリア超特急

●578 シベリア超特急 1996

 シベリア超特急山下奉文陸軍大将、佐伯大尉、青山書記官が乗り込む。その列車の一等車には9部屋あり、様々な国から客が乗車する。列車が走る中、ソ連の軍人が殺される。青山が女性客がすり替わっているのに気づき、車内を調べ始めると、女性客が2名が行方不明であることが判明。さらに、ドイツの軍人、車掌が殺されているのが発覚する。青山たちは残った外国人男性の犯行だと推理するが、彼は山下大将の殺害を目論んでいた。さらに行方不明となっていた女性も山下大将を狙うが、青山の手によって女性は殺害される。残った女性2名を前に山下は自らの推理を披露するが…。

 

 簡単なあらすじは上記したが、本作ではほぼ意味はない(笑 超カルトムービーとして知られている本作。ツッコミどころ満載であるが、それをしても意味がない。

 昔本作を観た記憶があるが、エンドロール後の展開は全く覚えていなかった〜映画冒頭でエンドロール後に2回ある事が起こると予告されているが(笑

 このエンドロール後の展開こそが、本作の真骨頂。本作を観終わった後、水野晴郎の身内とも言えるぼんちゃんのyoutube動画を何本か観たが、水野晴郎本人は本作をえらく気に入っていたようだ。確かにエンドロール後の展開を映画でやってみせた映画監督は一人もいない。まぁ誰もやらないだろうが(笑

 上記したぼんちゃんのyoutubeの動画で驚いたことを一つ。「シベ超」はこの後シリーズ化されていくのだが、水野晴郎はなんと高倉健さんにまでオファーしたとのこと。動画ではそれに対する健さんのお断りの手紙を披露している。水野晴郎本気だったんだなぁ。確かに本作でもかたせ梨乃出演もスゴいが、スタッフに超一流の人たちがいるのにもビックリ。水野晴郎の映画愛の集大成なのだろう。

 可能であれば全シリーズを観てみたい(笑

 

君のクイズ 小川哲

●君のクイズ 小川哲

 優勝賞金1000万円のTV番組「Q-1グランプリ」に出場した三島は、決勝で本庄と対戦。正解した方が優勝という場面になるが、最終問題が読み上げられる前に早押しした本庄は見事に正解を答える。その不可解な行動に怒りを持った三島は、番組プロデューサーや本庄に連絡を取るが、明確な回答は得られなかった。三島は本庄の知り合いたちから話を聞き、本庄の過去についても調べ始める。決勝戦の問題を振り返りながら、自らの人生とクイズとの関わりについて考え始めた三島は、決勝戦に秘められたあることに気づき、本庄の不可解な回答に対するある答えを導き出す。そして本庄本人に連絡、実際に会って話をすることになるが…。

 

 このブログを始めて約4年になる。1年に100冊ほどの本を読んでいるが、久しぶりに一気に1冊の本を読み切ってしまった。それほど夢中にさせてくれた一冊。

 本作のテーマは、「一切の不正なしに、問題が読み上げられる前に、クイズに答えることは可能なのか」ということ。物語冒頭でいきなりこの場面となり、その異常さに違和感と怒りを覚えた主人公三島が、対戦相手だった本庄について調べ始め、物語が進んでいく。本庄のこれまでの人生を調べつつ、決勝戦の問題を振り返ることで自らのクイズ人生も振り返ることになる。

 クイズの問題と自らの人生がリンクしているのは、まさに「スラムドッグ$ミリオネア」を彷彿とさせる。それに気づき「スラム〜」のパロディなのか、と思って読み進めたが、あちらが主人公の貧しかった人生を振り返るものだったのに対し、本作は主人公がクイズとは自分にとってなんだったのかを振り返るものとなっている点が全く違うと言って良い。

 主人公が、自らにとってクイズが人生を肯定してくれるものだと気付き、その心理が変わる。さらに該当のTV番組に隠された秘密(これに対する伏線がまた上手い)に気づき、クイズの解答のテクニックを明示することで、本作最大の謎であった「一切の不正なしに、問題が読み上げられる前に、クイズに答えることは可能なのか」に対する答えがわかってくる。そうなのだ。最後に提示されるのは、本庄は「一切の不正なしに、問題が読み上げられる前に、クイズに答えること」を可能にしていたのだった。

 終盤、これがわかった時の爽快感はスゴい。この答えを読むために一気に本作を読んでしまったと言っても過言ではない。ラスト、主人公が本庄と対面し真相を聞き出す場面は、初め余分だと思ったが、本庄の真意がわかってみると、最大の謎であったあの回答も正解か否かは問題ではなかったとわかり、さらに納得ができた。

 TVのクイズ番組は現在でも数多く放送されている。番組そのものもエンターテイメントであると思うが、本作はそれを超えた見事なミステリー調エンターテイメントだと言える。

 

明屋敷番始末 北町奉行所捕物控 長谷川卓

明屋敷番始末 北町奉行所捕物控 長谷川卓

 裏表紙内容紹介より

 「手柄を立て、伊賀者の地位を上げられるような大戦がなくなってから久しい。我ら伊賀者は子々孫々まで三十俵三人扶持で我慢するしかない…」一人の伊賀者が貧困の末に病に果てたことをきっかけに、明屋敷番の有志たちが決起した。財の有り余っている大名家や旗本家から金子を盗みだし、それを伊賀者に分け与えるというものだった。当初、順調にいっていた盗みだったが、ある晩に、人を殺めてしまう。鷲津軍兵衛率いる北町奉行所と忍びを極めた伊賀者たちとの苛烈なる闘いが始まる…。書き下ろしで贈る大好評シリーズ第七弾。

 

 北町奉行所同心鷲津軍兵衛が、同僚の同心や岡っ引や下っ引と共に事件を解決していくシリーズの第7作。以下の7章からなる長編。

 「明屋敷番伊賀者」「伊賀の縫い針」「物の怪」「組頭・柘植石刀」「蠟燭問屋山城屋」「旗本屋敷」「仕置」

 

 明屋敷番伊賀者の皆は生活が困窮している。配下の横田の死と残された遺族を目にした小頭の望月は覚全和尚の誘いを受け、配下の川尻、小寺、笠原に、大名家や旗本から金子を盗み、伊賀者の暮らしを助ける、という提案をする。配下の者たちはそれを受け入れ、望月たちは盗みを始め、少額ではあったが成功し続ける。

 同心小宮山が盗人を見たという町人安吉から証言を得る。それを受け、盗みに入られたと思われる塩谷家に話に行くが、塩谷家では盗人に入られたとは言わなかった。

 明屋敷番の組頭柘植は、蠟燭問屋山城屋が伊賀者に金を融通しているという噂を聞きつけ、桜井に調べさせる。しかし桜井は誰が言い始めたことなのか突き止めることができなかった。柘植は桜井に山城屋を調べさせる。

 望月たちは盗みの回数の割に金が集まらないため、大藩前田家を狙うことに。しかし藩にも金子を奪われる事件が多発しているとの知らせがあり、前田家では見張りを増やす。その中には浅川という男がいた。浅川が寝ずの番をしている時に盗賊に入られ、金子だけではなく家紋の入った文箱まで盗まれてしまう。

 望月たちは次の屋敷に盗みに入るが、そこで警護の武士を殺してしまう。望月たちは警護の者を殺害したことで集まり話をするが、そこを桜井に見つかってしまう。望月たちは桜井に事情を説明するが桜井は受け付けない。争いになり覚全が桜井を伊賀の縫い針と呼ばれる鑿(さく)で殺害。彼らは桜井の死体を溝川(どぶがわ)に捨てるが、読売に発覚するのを恐れ、関係のない自身番を襲いそこにいた者たちを殺害する。

 鷲津は桜井の死体を検分する。錐のようなもので殺害されたことを知り怪しむ。その時怪しい男を見つけ千吉たちにつけさせるが、あっさりと巻かれてしまう。しかしその男が逃げるところを隠密廻りの武智が見ていた。

 柘植は桜井が行方不明になったため、山城屋を見張り始める。さらに奉行所に出向き、殺人がなかったかを調べ、桜井が殺されたこと、死因が錐状のもので刺されたためと知理、殺されたのは桜井だと告げ、捜査から手を引くように求めるが、同席していた三枝は軍兵衛がそれは認めないだろうと話す。鷲津は、桜井と自身番の殺害方法が同じであることに注目する。

 柘植は番所で絵図面が密かに見られた後があることを確認、内部のものの犯行だと確信する。鷲津は千吉たちに明屋敷番組屋敷を見張らせ、そこから山城屋を怪しいと睨む。ある時鷲津は帰り道で3人組に襲われる。千吉たちの機転と柘植が駆けつけたことで助かったが、争いの中で鷲津は3人組の一人の右手に怪我を負わせ、彼が落とした武器を手に入れる。

 隠密廻りの武智は鷲津に頼まれ、山城屋のことを調べていた。その道中襲われ怪我をする。それは錐状のものであった。鷲津は宮脇から敵の使った錐状の武器が鑿だと教えられる。鷲津は大名家が盗まれた品を探すために蛇骨の清右衛門にまた会いに行くが、あいにくと留守のため、根津の三津次郎を紹介される。そして火付盗賊改の松田に会いに行くが、盗みに入られた旗本家に行きたいと頼むが、柘植も一緒だと言われる。

 柘植と一緒に旗本家の床下を調べた鷲津は、柘植から事情を明かされ、自らも知っている情報を伝える。柘植は番所に戻り、右手に怪我を負っているものを探す。

 柘植は鷲津を呼び出し、道場で酒を飲む。そこへ望月たちが現れ二人を襲うが返り討ちに。二人はその足で覚全に会いに行く。覚全は柘植と組頭の手によって始末される。鷲津は三津次郎が取り戻した盗品を持って松田に会いに行き、事件の始末について聞く。

 

 前作に続く第7作。本作はこれまでと異なり、犯罪者側の視点から話がスタートするいわゆる叙述型と言える。さらに2つの事件を並行して描くのが普通だったシリーズだが、事件は伊賀者たちの盗みだけに絞られている。

 生活に困窮する仲間たちを救うため、伊賀者望月たちは大名家などへ盗みに入り、その金で配下のものたちの生活を救おうとする。そこには鍛錬を続けている自分たちの自負とそうではない大名、旗本への怒りがある。叙述型であるがゆえに、ここまでは伊賀者たちに共感できるが、盗みを続けて行く中で警護のものを殺めてしまうあたりで、話が変わってくる。さらに盗みの割に金が集まらないことに苛立つ望月たち。それとは対照的に組頭であり、前作にも登場した柘植は山城屋の動きに不信を覚え始め、配下の桜井に調べを始めさせる。その桜井も望月たちの手にかかり、彼らは引けない状態になってしまう。

 これらメインの話は、柘植、望月、軍兵衛と3者3様の動きを見せ、なかなか面白かった。終盤、鷲津と柘植が組んで事件解決に向かうのも見せ場たっぷりといった感じ。

 サブエピソードとしては三枝が柘植に軍兵衛のことを話すシーンが最高であり笑わせてもらった。捜査から手を引くことを願う柘植に対し、軍兵衛の奔放ぶりを語る三枝の可笑しいこと。一方、周一郎や蕗のエピソードが少なめなのは仕方なしか。蕗が会話の中で照れるシーンが可愛かったが。

 前作で登場した豆松が全く登場しなかったのも、年齢的なことを考えれば仕方なしか。この先での登場が待たれるが、本シリーズは次回作が最終作であることが悲しい。つくづく惜しい作家をなくしたと思う。

 

 

フォレスト・ガンプ/一期一会

●577 フォレスト・ガンプ/一期一会 1994

 フォレストガンプがバス停のベンチに座り、自分の過去について語り始める。

 アラバマで少年時代を過ごしたガンプ。知能指数が低く、補助具をつけなければまともに歩けない状態だった。養護学校への入学を勧められるが、母親は頑として受け付けず普通学校へ入学する。

 スクールバスで通うガンプだったが、子供たちはガンプに席を開けようとはしないかった。一人の少女ジェニーだけがガンプを隣に座らせてくれ、二人は仲良くなる。ガンプはいじめられていたが、ある日いじめっ子たちから走って逃げる際に補助具なしでも走れるようになる。

 高校生になったガンプ。またもいじめっ子たちから追いかけられていたが、走って逃げるうちにアメフトの試合中のグランドに逃げ込み、その足の速さを注目され、アラバマ大学へ入学することに。俊足を生かし結果を出し続けるガンプは全米代表に選ばれるまでに。卒業時に陸軍への入隊を勧められ軍に入る。

 軍でババと仲良くなったガンプは、ババの夢であるエビ漁師の話を聞く。二人はダン隊長の小隊へ所属。ベトナム戦争に参加したガンプの隊は攻撃を受け壊滅状態に。ガンプは負傷したダン隊長や仲間たちを助けるが、ババは戦場で死んでしまう。

 野戦病院で卓球を覚えたガンプは卓球でもセンスを見せる。全米代表に選ばれるまでになる。時が経ち、除隊したガンプは卓球で稼いだ金でエビ漁の船を購入。ダン隊長とも再会し二人で会社を立ち上げる。エビが取れない日々が続いたが、台風で他の船が打撃を受ける中、ガンプの船は無事に生き残り、エビ漁で成功を収める。

 会社をダンに譲り過ごしていたガンプの元へ母親が倒れたとの知らせが入る。実家に戻ったガンプだったが、母親は病気で亡くなってしまう。呆然とするガンプの元へジェニーが現れる。幸せな生活を送る二人だったが、ガンプがプロポーズをした夜、一夜を共にしてジェニーは去って行く。

 茫然自失となったガンプは走り始める。アメリカを横断しいつまでも走り続けるガンプはまたも有名になり仲間もできるが、ある日突然走ることを辞め実家に戻る。そこへジェニーから手紙が来る。

 バス停のベンチにガンプがいたのは、ジェニーに会いに行くためだった。隣に座っていた女性からジェニーの住所が近いことを聞いたガンプは走ってジェニーに会いに行く。そこにはガンプとの子供を育てるジェニーが待っていたが、彼女は病気だった。実家にジェニーを連れて帰り、結婚式を挙げる二人。しかしジェニーは亡くなり、ガンプはジェニーを思い出の木の元へ埋葬する。そして残された子供を学校へ送るためにスクールバスへ乗せ見送る。

 

 久しぶりに観たがやはり不思議な映画だと感じた。ガンプの生涯を振り返りストーリーだが、そこにアメリカの歴史も組み込まれている。アメフトや卓球、軍隊での活躍で大統領と何度も面会するガンプの映像は、ゼメキス監督の映像の見せ所。

 知能が低く純粋な男の成功物語のように思っていたが、今回改めて鑑賞しそれだけではなく、ガンプの人生の成功は、母親の言葉に支えられていたと気づく。チョコレートの箱の話も良かったが、死を直前にした母親の言葉〜運命だけでは成功できない〜が金言ではないだろうか。

 ラストで登場するガンプの息子、以前観た時には気づかなかったが、シックスセンスの子役のハーレイ・オスメントなのにビックリ。彼はこれがデビュー作なのね。

 

黛家の兄弟 砂原浩太朗

●黛家の兄弟 砂原浩太朗

 黛家の三男、新三郎は大目付の黒沢家に婿入りする。父清左衛門は筆頭家老、長男栄之丞、次男壮十郎の兄がいる。壮十郎が事件を起こし、次席家老の漆原内記により切腹を命じられる。13年後、漆原の懐刀になっていた新三郎だったが、兄栄之丞と漆原への敵討ちを企んでいたが…。以下の14編からなる長編時代小説。

 

第一部 少年 花の堤/闇の奥/宴のあと/暗闘/逆転/夏の雨/虫

第二部 十三年後 異変/襲撃/秋の堤/闇と風/冬のゆくえ/春の嵐/熱い星

 

 新三郎は兄たちと花見に出かけており、友である由利圭蔵とともに参加する。そこで黒沢家のりくと出会う。酔客に絡まれるが漆原が彼らを追い返す。兄栄之丞が藩主の娘を嫁にとることとなり、同時に新三郎も黒沢家に婿入りすることが決まる。友である由利をお供として黒沢家へ入ることに。

 兄壮十郎が花吹雪という徒労を組んでいたが、漆原の嫡男伊之助も雷丸というはぐれ者たちと暴れていた。お互いが敵対をしていたが、ある日壮十郎は伊之助を斬ってしまう。漆原は喧嘩両成敗を理由に壮十郎も切腹すべきだと訴え、目付であった新三郎は兄に切腹を言い渡す。

 漆原は筆頭家老の座を狙っており、娘おりうを藩主の側室とし、その息子又次郎を世継ぎとすべき奔走する。それを清左衛門と黒沢織部正は食い止めようとしていた。新三郎はそのことを皆の前で訴えるが、父清左衛門は既に漆原に同意をしていた。兄栄之丞の結婚もその一つだった。

 13年後。廃嫡された右京が死亡。織部正となっていた新三郎は漆原の走狗と呼ばれるまでになっていた。右京毒殺の疑いも払いのけ、黛家側の家臣をも処罰、兄栄之丞とも不仲になっていた。しかし実際には新三郎は兄と通じており、又次郎が家督を譲り受ける前に行動を起こそうとするが、嵐の日堤が決壊してしまい、それどころではなくなってしまう。新三郎は堤決壊の前に怪しい動きをしていた男がいたとの情報を得る。又次郎嫁取りの日、宴が催されるが、そこで漆原の息子が新三郎にある訴えを起こす。

 

 砂原氏の「高瀬庄左衛門御留書」の神山藩第2弾。前作同様、二部構成。第2部は第1部の13年後へといきなり舞台が移る。

 作品の出来は前作同様格調高く、藤沢周平氏を思わせてくれる。第1部では、登場人物の紹介があり、突然新三郎の婿入りの話がある。兄栄之丞の藩主の娘との結婚話もあるため、黛家安泰の流れになると思いきや、次男壮十郎が事件を起こし、事態は急転する。敵役である漆原を目の前にし、新三郎は切り札を出そうとするが、それが逆に事態を悪化させることに。

 そして13年後へと舞台は移る。主人公新三郎がなぜか漆原の懐刀となっており、読者を唖然とさせるがこれには裏があった。いよいよ敵討ちとなるかと読み進めるが、そこで思いがけない大事件が発生、堤が決壊し兄栄之丞も重傷を負ってしまう。動かない新三郎にイライラさせられるが、話は裏で進んでおり、ラスト30ページで最後の見せ場がやってくる。

 敵討ちが大団円を迎えた後、新三郎(織部正)と嫁りくとの会話が良い。物語序盤以降で貼られていた伏線が見事に回収され、さらに新三郎や藩の新しい生活を予感させてくれる。

 

 前作同様、ミステリー調でもある時代小説。前作では主人公が50代の老人であり重みのある名言が多かったが、本作では登場人物たちの生き方そのものに重みを感じることが多かった。主人公の兄壮十郎、友である由利圭蔵、黛家の女中やえ、など。本作ではその他にも魅力的な脇役が多かったのも特徴か。

 著者がインタビューで答えているように、本作は主人公の成長物語とも言え、そこが前作と大きく異なる点である。隠居した老人、青年時代から大目付、家老へと出世して行く若者、という主人公が続いたシリーズ。次回作ではどんな世界を見せてくれるのだろうか。楽しみである。

 

イエスマン "YES"は人生のパスワード

●576 イエスマン "YES"は人生のパスワード 2008

 銀行で融資係として働くカールは、友人からの誘いでも仕事の融資でも全てNOと断るタイプ。彼はそんな生活に満足していたが、友人ピーターの婚約祝いのパーティに参加しなかったことで、彼から非難され、友人ニックから誘われた「YESと言って人生を変える」セミナーへ出席する。

 そこでセミナー主のテレンスから指名され、今後YESと答えることを誓約させられてしまう。会場から出て車で帰ろうとしたカールにホームレスが声をかけてきて、公園まで連れて行って欲しいと頼まれる。ニックがいたためカールはYESと答え、さらに携帯も貸してしまう。公園へ着いたカールだったが、金をせびられた上、携帯は電池切れ、車もガス欠となってしまう。ガソリンスタンドまで歩いていきタンクにガソリンを補充していると、女性ライダーアリソンと知り合う。彼女に乗せてもらい車まで戻ったカールはアリソンとキスをする。

 アリソンとのことがあったため、カールはYESと答えるようになる。休日出勤をし、融資にも全てOKを出す。私生活では韓国語やギター、飛行機操縦を習い始める。ある日、バンドの呼び込みのチラシも受け取ったカールは、その店でアリソンと再会。二人は付き合うようになる。

 仕事先に幹部がやってきてクビになるかもと思いきや、小口融資の成功率の高さが認められ、重役へ昇進する。ピーターの結婚のブライダルパーティの幹事も引き受ける。ピーターの婚約者といる際に店で自殺者騒ぎが起こるが、ギターでそれを思いとどませる。

 カールはアリソンと成り行き任せの旅行に出かける。アリソンはカールに旅行から戻ったら同棲をしようと言われるが、即答できず、アリソンに非難される。その後、旅行先で警察に捕まる。理由はカールがやってきたことがスパイ行為と誤認されたためだった。弁護士であるピーターが駆けつけ、カールはYESの誓約を立てたことを説明、誤解は溶けるが、アリソンにもそのことを知られてしまい、アリソンは何にでもYESと誓いのため自分を受け入れていたのだと勘違いされ、二人は別れてしまう。

 家に戻ったカールはピーターのブライダルパーティを成功させる。元妻からの誘いがあったがそれを断ると、エレベータが止まり、駐車禁止を食らってしまう。誓約を破ったからだと考えたカールはテレンスのところへ行くが、事故にあい怪我をし入院する。入院先で事情を説明すると、テレンスはYESはきっかけに過ぎないと話す。カールはそれを聞いてそのままアリソンに会いに行く。そして本音を伝え、縁を戻す。

 

 2000年代に入り本作のような、人生を成功に導くことをテーマにした映画が増えたように思う。本作では、何にでも「YES」と答えることがその手法となる。

 セミナーから出てきて、ホームレスに痛い目にあわされた直後に、若い女性と出会うまでは予想の範囲内。その後も本人の本音とは別にYESということで、人生が好転して行くのも予想できた。こんな話を積み重ねて行くだけか、と思っていたら、後半はこの「誓約でYESと言ってきた」ことが見事に罠となる出来事が発生。これは上手い。女性の心理的にもそうだろうし、映画としても見事な展開だった。

 一旦別れた女性と縁を戻すことも予想でき、ある意味予定調和的なラストだと思い観ていたが、本当のラストシーンで大笑い。原作がバスの中での会話でYESと答えることに目覚めた主人公だったらしいが、それをセミナーに参加して…と変えた理由がラストシーンに活きてくる。エンドロール横で繰り広げられるエンド後のエピソードも可笑しかった。

 年初めに観るにはもってこいの一本かも。

 

寒の辻 北町奉行所捕物控 長谷川卓

●寒の辻 北町奉行所捕物控 長谷川卓

 裏表紙内容紹介より

 大店の手文庫ばかりを狙う手練の盗賊・闇鴉。北町奉行臨時廻り同心・鷲津軍兵衛は、闇鴉を捕えるべく中間、下っ引きを伴い、探索をしていた。だが、そんな軍兵衛たちを嘲笑うかのように、再び闇鴉は薬問屋に忍び込み、追っ手をまいて逃げてしまう。一方、若侍からの嫌がらせで、職を失ってしまった浪人・津田仁三郎は、偶然出会った軍兵衛に助けられる。だが、若侍の執念深い復讐の魔の手が、何度も津田を襲い、やがて、とり返しのつかないことになってゆくのだが…。書き下ろしで贈る好評の軍兵衛シリーズ、第六弾。

 

 北町奉行所同心鷲津軍兵衛が、同僚の同心や岡っ引や下っ引と共に事件を解決していくシリーズの第6作。以下の5章からなる長編。

 「竹河岸界隈」「明屋敷」「三本杉」「柳原土手」「豆松」

 

 江戸の町で闇鴉と呼ばれる盗賊が現れる。その手口の良さや仕事ぶりから庶民は喝采を送る。闇鴉を見つけるために鷲津たちは見回りをしている時に、浪人と若侍のいざこざを目撃する。力仕事をする浪人を若侍が揶揄い一触触発の状態に。そこへ古傘買いの男が助っ人として現れ、浪人は若侍やお供を叩きのめす。鷲津は、浪人津田と古傘買い麻吉と言葉を交わす。

 闇鴉が仕事を失敗したところを小宮山が発見、手下たちと追うが闇鴉が事前に仕掛けた罠にかかり取り逃がしてしまう。逃げた闇鴉の正体は麻吉だった。

 鷲津は口入屋で津田と出会う。若侍との一件で仕事を失った津田は新たな仕事を探していた。その後居酒屋でも津田と出会う。その頃麻吉は夜鷹のお袖と出会っていた。

 津田は口入屋の仕事で一緒だった乙吉の家を訪ねる。乙吉は死んだ娘が残した幼い一人娘種の面倒を見ていた。津田は種のことを気にかけていた。その津田が口入屋で手に入れた請状を落とすが、それを鷲津の息子周一郎が拾い二人は知り合う。それを見ていた豆松は自分が先にそれを見ていたのにと悔しがる。そんな豆松を見ていた麻吉は、豆松の親矢太に意見をする。

 若侍副島彰二郎のお供の坂井田は津田が仕事をしているのを見つける。彰二郎は先日の復讐に津田に襲いかかるが、またも返り討ちにあう。これが理由で仕事をクビになった津田は辻強盗をしてしまう。

 鷲津は辻強盗にあった大黒屋から話を聞く。財布の中にあったお守りの大黒様の彫り物だけは取り返して欲しいと言われる。

 その頃彰二郎のお供のものが街中で津田の姿を見かけ拉致する。頼んでおいた道場主の篠原らはその男を明屋敷へ連れて行くが、男が逃げようとしたため斬ってしまう。しかし彰二郎はその男が津田ではないと確認する。現場を目撃していた町人がいたが彰二郎たちは他言無用だと話す。しかしそれら全てを見ていた卯三郎がいた。

 明屋敷に死体があると報告を受けた鷲津は卯三郎から事情を聞く。そして居合わせた町人が欽治だと判明する。殺されたのは杉山という浪人だった。それを口入屋から聞いた津田は、杉山の妻女のために金を稼ごうとし、口入屋から蛇骨の清右衛門を紹介される。津田は清右衛門に会いに行くが、仕事は断られる。津田はお種のために朝鮮人参を買う店を紹介してもらう。津田が出て行った後へ鷲津が清右衛門を訪ねてやってくる。鷲津は津田が訪ねてきた理由を聞き、大黒屋が盗まれた大黒様の彫り物を探すように清右衛門に頼む。

 奉行所明屋敷番頭頭である伊賀者の柘植が訪ねてくる。杉山の一件の確認に来ていたのだった。鷲津は屋敷内を調べさせて欲しいと頼むが断られる。

 鷲津は欽治から杉山を斬った侍の刀が三本杉だったことを聞く。鷲津は妹尾に三本杉のことを聞きに行き、御試御用の山田に会いに行く。そしてその持ち主として普請奉行副島家の名前が上がる。鷲津たちは彰二郎の屋敷を見張り始める。

 津田は殺された杉山の葬式に出て妻女に金を渡そうとするが断られる。しかし翌日妻女は自害してしまう。それを聞いた津田はショックを受ける。

 市中見回りをしていた加曽利が怪しい男を見かけ、柳森稲荷の森の中で罠を見つける。宮脇の調べで闇鴉が罠を仕掛ける場所を予想していたのだった。その日の夜、柳原一帯を厳重に見張ることとなった。鷲津は麻吉が深夜に現れて驚く。そして南町と一緒に麻吉を捕らえようとするが取り逃がしてしまう。麻吉は夜鷹のお袖に匿ってもらっていた。諦める南町だったが、鷲津は翌早朝必ず麻吉が現れると踏んで現場で見張りを続け、麻吉を捕らえる。

 その頃彰二郎たちはまだ津田への復讐を諦めていなかった。副島家が目をかけている篠原道場の篠原たちを仲間に加えその機会を狙っていた。鷲津は家で周一郎と話をしていた際に、息子が津田と知り合っていたことを知り、さらに津田が大黒様の彫り物を持っていたことを聞く。早速津田を探しに行くが、津田は乙吉の娘お種の葬式に参列していた。彰二郎たちもそのことを知り、津田に果し合いを申し出る。お種も亡くなり無常を感じていた津田はそれを受け入れる。

 手下たちが津田の居場所を突き止めるが、既に果し合いは始まっていた。鷲津は彰二郎たちを斬るが、津田は深手の傷を負っていた。最後に津田が杉山の仇である篠原を斬って捨て、そのまま死んでしまう。

 

 前作に続く第6作。前作と異なり、本シリーズの特徴と同じ二つの事件が並行して描かれる。麻吉こと闇鴉の一件と、浪人津田の物語。二人とも初登場シーンから悪人としては描かれず、読者から見れば善人と思える人物として描かれる。

 「鬼平犯科帳」で言うところの本流の盗人である闇鴉。犯さず、殺さず、貧しいものからは取らず、と守る盗賊であり、豆松との関わりでは人の良さが滲み出るような人物。夜鷹のお袖との会話から悲しい少年時代も伺える。そのためか、捕縛場面もあっさりとして終わる。

 津田の物語でも同様。口入屋で知り合った乙吉の娘お種を気遣い、色々と差し入れたり、朝鮮人参のためにヤバい仕事にまで手を出そうとする。同じように自分と間違われて殺された杉山の妻女のためにも尽くそうとするが、妻女は自害。お種も病死してしまう。お種に自分の娘の面影を見ていたことも描かれる。辻強盗もしてしまい、悲劇的な結末が予想されたが、鷲津たちに捕まえるわけではなく、執拗に復讐を狙う彰二郎一味と刺し違える形で終わる。

 どちらも悲しさを感じるエピソードだった。サブエピソードとしては、軍兵衛の息子周一郎がいよいよ同心への一歩を踏み出す。あまり見せ場はないが、津田との関わりで顔を出すあたりは、さすがに著者の上手さを感じさせる。蕗もワンシーンだけ?の登場。

 サブエピソードで言えば、蛇骨の清右衛門。津田との会話も良かったが、その直後に訪れた鷲津との会話はさらに良かった。

 途中に二度ほど登場し少し首をひねった登場人物の豆松。ラストがこの少年で終わるとは思わなかった。悪人を描く時代小説は多々あるが、その少年期、もっと言えば悪の道へ踏み出すその一歩を描いたものはあまりないのではないか。その豆松と周一郎が既に巡り合っているのも、先々への伏線なのだろうか。続編も楽しみである。